亀の愛は万年先まで
いつもの服を着たいつもの姿の私が、照之様が来るはずの饅頭屋の近くの物陰で待機をしている。


今日のこの時間に照之様は必ずこの饅頭屋に来ているらしいから。
家からも学校からも会社からも離れた、特に何もないような街の何でもないような饅頭屋。


でも、私はこの饅頭屋の饅頭を知っている。


坊っちゃんが・・・ご主人様が、私にだけくれる饅頭だった。


”みんなには秘密だよ。
本当なら物を渡してはいけないことになっているから。“


そう言ってご主人様が渡してくれる饅頭は、私のことを元気にした。


とてもとても元気にしてくれて・・・


これからずっと頑張れると思うくらい、元気にしてくれて・・・


私のお腹の中に入ってくれた。


ご主人様の子種は私の中になんて入ることはないけれど、甘い甘い饅頭だけでも私の中に入ってくれた。


この饅頭屋はその饅頭が売っているお店だった。


ご主人様はこの饅頭屋で月に1度だけ、照之様と周りの目を気にすることなく語り合っていたらしい。


”あの饅頭屋はきっと何年先も、何十年先も残り続ける。
それくらい美味い饅頭だよ。
明日のこの時間に亀に買ってくるように言って欲しい。
そこに必ず照之がいるはずだから。“


ご主人様が言っていたという言葉を思い出しながら、朝見せられた写真の中に映っている照之様の姿を何度も何度も思い出す。


照之様の隣に映っていたご主人様の姿も思い出しながら・・・。


あんな風に笑っているご主人様の顔は初めて見た。


あんなに楽しそうに笑うご主人様がいたのだと初めて知った。


ご主人様にあんなにも楽しい時間があったのだと初めて知ることが出来た。


「貴方は・・・もしかして、照之様ですか・・・?
私は小関の”家“に遣えております亀と申します・・・。
本日はご主人様からここの饅頭を買ってくるよう言われておりまして・・・。
照之様のことはご主人様からもよく聞いておりました・・・。」


物陰に隠れたまま、お父さんからの指示通りの言葉をまた繰り返していく。


何度も何度も繰り返していた、その時・・・


向こう側から1人の女の子がヨロヨロと歩いてきたのが見えた。


それが1人の女の子ではなく、その女の子の背中にはもう1人の女の子がいるのが分かった時・・・


「あ・・・っ」


その女の子が転んでしまったその姿を見て、私は物陰から飛び出した。


背中にいる女の子も、その女の子の下敷きになってしまっている女の子もピクリとも動かないその光景だけを見ながら、私は必死に走った。


そしてやっとその女の子達の所に辿り着き、私は膝を着いてから大きな口を開けた。


「「大丈夫ですか・・・!?」」


私が出した声は何故か二重に聞こえ、それに驚いた時に気付いた。


私のすぐ真隣に人がいることに。


その人のことを見ると、いた。


私と同じように膝を着いている人が。


そしてきっと、私と同じような顔で驚いている男の人が。


”男の人“と言って良いのか・・・。


ご主人様と同じ27歳のはずのこの男の人は、写真で見たよりもずっと若く見えて・・・。


10代半ばのような、少年のような男の人で・・・。


写真よりももっと、女の子のような可愛い顔をした男の人で・・・。


”もしかして、照之様ですか・・・?“


そう言わなければいけないのに、この予想外の状況に私の口からは何も出てこなくて。
私は”ノロマなダメ秘書の亀“だから、やっぱり出てこなくて・・・。


”どうしよう・・・“


”どうしよう・・・“


そればっかりが頭の中に回っていた、その時・・・・











「またお会いしましたねぇ・・・・。
この前は転んでいたアナタを私が助けた時だったので、今回は逆になりましたね・・・。
製糸場で働いていた私の姉が病気になり働けなくなって、迎えに行ってきたんです・・・。
おぶって山を3つ越えたので、私の足でももう流石にヘトヘトで・・・。」


真下にいた女の子が汚れた顔を少しだけ上げ、私にそう言った。
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