自らを越えて

最後の夕日を語る村田君

ミカに「ダメよ。明日迄じゃ。いまここでして」と云いカナには「この…」という顔をし、俺には「村田君は?まだ早い?」と尋ねる。俺は「ぼ、僕はその…とにかくイエスで…その理由は…その、き、昨日夢を見たんです。その、悪夢でして…」とばかりに非常に朴訥とではあったが無人の深夜の校舎での一件を、深い闇に沈んだ階段で、通せんぼをする新河の亡霊に立ち向かって行ったことを話した。
「わー、おっかねえ」と聞くうちにミカが話に感応して怖がるが、カナは「また始まった。熱に浮かされ状態が」と揶揄う。しかし更生を期す俺の真摯さは感じたようだ。あの沈まんとする夕日の前に健康な女生徒2人がいた。俺は彼女らに臆面もなく叫んだ。「待ってくれーっ!俺を、俺を、置いて行かないでくれーっ!」と。そしていま目の前にその〝女生徒〟らがいるのだ。居てくれるのだ。俺はここぞ渡し場とばかりに「だからその…壁と云うかどうか知りませんが、その夢がそれだったんです。同級生の死に本当の死の感覚を、死、死ぬってこういうことなんだっていう…その、文字通り恐怖を感じたんです。さっきカナさんが云ったように俺はその、ちょ、超根暗男ですから、毎日毎日の学校生活が苦しくって、苦しくって…」などと懸命になって心中を吐露した。こんな、本来なら(おそらく)誰にも面白がられないだろう、聞いてもらえないだろう話を、なんと人もあろうに大伴さんに、マドンナに聞いてもらっているとは、その現実に居ながら未だに信じられない気持ちである。そのマドンナは真剣な眼差しで話を聞いてくれている。しかしカナは舌打ちをひとつしてから「よお、よお、村田先輩さんよ。お前さん男なんだろ?孤独、孤独って…みっともないったらありゃしない。ンなことは誰だって少なからず感じているんだよ。そんなレベルどころかさ、クラス中でいじめられて、それこそ今のあんたの話じゃないけど、死ぬ思いをしている子だっているんだよ。まったくさ、あんたのご託を聞きにわざわざ山に来たんじゃないんだからね」とさも軽蔑したように宣(のたま)わってくれる。
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