自らを越えて

一人目のアポ現(あらわ)る

「何が、いや…だよ。あんたそればっかりだな」などとごちゃごちゃ云い出すのに「わかった、わかった。じゃあね、これからいまの質問で得られたあんたたちの性格を、正すべき傾向性を云うからね。いい?…」と大伴さんが述べかけたところで口をつぐみ下流へと目を向けた。見ると50年配と思しき男が1人で黙々と登ってくるところだ。「こんにちはー」大伴さんが声をかける。しかし男は「ふん」とばかりに顔をそむけ挨拶を返そうとしない。それどころか眉根をしかめて舌打ちさえしそうな塩梅だ。さすがの大伴さんも黙ってうなずき見送るばかりである。通りすがりに男が俺と顔を合わせた。この男の今までの生き方がこびりついたような表情をしている。それが不気味に一瞬だけ俺にニヤリとして見せた。『これは…黒い霧だ』となぜか心中でつぶやく俺だった。
そのまま見送ればいいものをカナが聞こえよがしに「けっ、嫌なオヤジ!」とやってしまい、それを聞き咎めた男がジロリとこちらを振り返り見るがさきほど同様に「ふん」と鼻を鳴らして行き過ぎるようだ。ところがそれで終らなかった。カナが「ねえ、ねえ、あいつ、こちら村田先輩がさ、年を取って現れたように見えるじゃんよ。な、似てねえ?」とミカに告げるとそのミカが思わず「アハハハ」と笑ってしまったのだ。「しっ!」と大伴さんが制したが時すでに遅かった。男が血相を変えてこちらに戻って来る。
「おい!お前ら。俺がお前らになんかしたか?何か云ったか?俺を笑い飛ばしやがって……しょ、承知しないぞ!」と怒鳴りつけてくる。正直云うと俺もカナの言葉にカチンと来ていたのだが男の余りの剣幕に毒気を抜かれてしまう。ただ唖然として男を見つめるのみだ。大伴さんが男に大仰に手をふってから「いえいえいえ、とんでもありません。あなたを笑い飛ばすなんて…あの、こ、こちらのことで笑ったのです。どうか、その、お間違えにならないで」と云って精一杯の愛想笑いを顔に浮かべて見せる。しかしそんな云い分けなど聞かぬとばかりに「嘘を云え!嫌なオヤジで悪かったな。こっちはちゃんと聞こえているんだ。いいか、おい…」と悪口の云い出しっぺたるカナと笑い飛ばしたミカを見据えて「なんで見ず知らずのお前らに、俺がそんなことを云われなければならないんだ?え?す、少しはれ、礼儀を…常識を弁えろ!」とさらに怒鳴りつける。もう完全に切れている様子だ。
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