自らを越えて

嘯(うそぶ)くカナ

『山あり、谷ありか。へー、なるほどな。この人はこうして簡単に割り切ってしまうんだ。しまえるんだ。こうした嫌なことがあったとしても。ドンマイ、ドンマイってやつだな。しっかし強い人だなー』と改めて感心したからだった。およそ俺みたいに〝見っともない仕儀〟に至ったことなどないのだろうなとも思う。俺など(ちょうど今のように)しょっちゅうで、その度にひどい自己嫌悪に陥るのだが、しかしそれでいながら他人に対しては意外と辛辣に、思いもしない嫌悪感を抱くことが時々あるのだ。その何と云うか…何かの拍子でその人が突然ダサく見えると云うか、どうかすると俗に云う〝鼻につく〟ことさえもが間々あった。その故はしかし…まったくわからない。こんな、さっきの大伴さんの言葉ではないが「完全な根暗男」の身でありながらよくもそんな感覚が持てたもんだと人は云うだろうし、自分でもそう思う。しかしこの性癖も偽らざる自分の内面の姿なのだから致し方ない。ま、それはさて置き、こんな取り止めのないことを思っていたのは言葉にすれば斯くも長くなってしまった分けだが、実際のいまのこの場に於てはほんの一瞬の思考であり、感覚だった。ところがその俺の感覚を読んだがごとくに「ふふふ」と陰湿な含み笑いをする者があった。黒い霧!と咄嗟に思ったが違うようだ。そいつは「けっ、いい気なもんだよ大伴さんのやつ(それから俺を目で指して)こいつと云い…今に見てなよ」と言葉を続け、且つ嘯(うそぶ)いたのだ。カナだった。性格判断ゲームの結果はまたあとで、いまはもう再出発!と号令をかけて身支度を始めた大伴さんの目(耳?)を盗んでミカにそう囁いたのだ。そのミカは「うん、うん」とほくそ笑みながら承っている。まったく!本当に悪い女の子だ、カナのやつは…と呆れたし、またミカにしてもなんで、あたかも同意するかのように相槌を打ったのかが解せない。俺への悪意はともかく、なぜ(ミカの表現で云う)親分・大伴さんへの仕返し云々に反発しないのかが不思議であった。
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