自らを越えて

人はわからない。ホントわからない

まったくわからないものだ、人間というものは。尽々そう思うしかない。善と云うか強さと云うか、光指向の面で大伴さんの得体が知れないし、無明の闇指向においてもカナやミカにはどこまでもチンプンカンプンである。これは全体、全き孤独男の俺であったればこそ、のことだろうか?他の人たちにおいてはこう云った人間の性癖の違いやそれぞれが抱く指向の違いなど当たり前、自明のことなのだろうか?わからない。ホントわからない…。
 さて、時刻は13時ちょっと前になっている。ここ三俣から渓枯れまでは30分ほどで着くだろう。そこから表尾根登山道を経て目的の三の塔まではさらに1時間ほどの行程と見る。14時半着だ。まったく俺のドジやら何やらでとんでもない鈍行となってしまった。三の塔での休憩時間にもよるが麓の戸川への下山到着時間は17時頃となるに違いない。やべえやべえである。男の俺1人なら帰りが夜になろうがいっさいお構いなしなのだ。かつて丹沢での初日の出を拝もうとして表尾根を夜中に登って行ったことだってあるくらいだから。しかし今は女性3人との道行中だ。もろ責任を感じてしまう。再び大伴さんから先頭をおおせつかった俺は2メートルの滝やF12・三段の滝の4、6、4メートルの最後の滝群を大伴さんから咎められない程度の急ぎ足で制覇、先導して行く。下段4メートルの滝こそ左から巻いて行ったが中段、上段は直登した。最後のスラブ状の滝を左隅から上って行く時、以前初夏に来た時にここで野イチゴを獲って食べたことを思い出す。野イチゴは(往時は)丹沢の尾根道にも沢にもよく実っていて、登山の疲れを癒す素敵な甘実だった。ああ、いまが初夏なら3人に教えて食べさせてあげられたのになと思うと残念である。きっとミカが喜びそうだ。さて、いよいよ最後の最後、よく人がすべって滑落する一枚岩に来た。いかにも一気に上ってくださいとでも誘っているような、滑り台にも似た中央部を避けて左側の窪みを上って行く。その際にその旨を後続の3人に伝えたのだが「なに、こんな岩」と嘯くカナの声が気になった。
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