自らを越えて

またあの男(一人目のアポ)が…!

むしろ俺の方が居たたまれなくなってリュックをその場に置いたあとで何気なさを装いながら上流の方へとぷらぷらと歩きまわる。「もういいですよ、大伴さん」などと云って止めに入りたいのだがそんなことの出来る俺ではない。今はそれよりも気になることが一つあった。この先標高980メートル地点の(三ノ塔)尾根出会いにおける分岐点だった。常道は先行者が間違えないようにと、使った草鞋を木の枝に掛けておいてある左のルートを行くのだが、実を云うと俺はその道を行ったことがないのである。そちらへは行かずに真ん中のガレ場になった枯れ沢をそのまま行くのだ。つまり二ノ塔から三ノ塔に通じる表尾根に出る分けだが但し、このルートは表尾根直下付近ではほとんど道が無くなってしまう。辺り一面クマザサに覆われて右も左も分からなくなる。だからあとは遮二無二上に向かってその笹などをホールド代わりに掴みながら上って行くしかない。そうこうするうちに上から人の声が伝わって来(表尾根道は登山者の数が多いから)、いきなり表尾根道に出るのである。偶々そこで出くわした登山者らにしてみればとんでもない所から人が出て来たという塩梅になる分けだ。だから、さてどうしようかと悩んでいるうちに数十メートル先にしゃがみ込んでいる男の姿が目に入った。目を凝らすと…なんとあの男だ。カーッちきしょう、まだ居やがったのかと憂鬱になったが仕方がない。無視して通り過ぎればいいんだとか思ってとにかく大伴さんにご注進に及ぼうとする。しかしここでふとコントラストなイメージが脳裡に浮かんだ。先でしゃがんでいる男の姿からはいかにも暗く、辛く、どうかすれば悲しくもあるような暗褐色な印象が伝わって来、戻ろうとする大伴さんら3人を思えば躍動した生命のオーラがイメージされたのだ。このアンビバレンスは…つまり…俺だ、と思ってしまう。俺はきっと、いまそのアンビバレンスな境目に居るのに違いない。
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