自らを越えて

声を掛けようか、止そうか

例の悪夢を思い出す。俺が丹沢登山を思い立つきっかけとなったあの悪夢だ。夢の中、あの沈まんとする夕日があった。表の校門辺りから「村田くーん(いっしょに帰りましょうよ)」という女生徒らの声が聞こえて来た。「村田くーん」…え?「村田くーん」って…ああ、大伴さんが呼んでいるのだ。忘失から覚めた俺は複雑な表情をして3人のもとへと帰る。
「村田君、どうしたの?ひとりで離れちゃって。ふふふ。もう終わったわよ、カナへの説教。(カナに)ほら、カナ」渋々と立ち上がったカナが「さっき、どうもありがとな」と云ってペコリとひとつ頭を下げる。俺は「ああ、そんな、礼なんて…」と明るい笑顔で答えた。なにせ〝女生徒ら〟の元に合流できたのが嬉しかったからだ。「ありがとうございましただろうが」また咎めようとする大伴さんを慌てて遮って「あの、大伴さん。この先にさっきのあの、あの男がまた居ますよ。なんかあの…動かずにしゃがみ込んでいます」「えーっ?」とミカ「ちぇっ、また出たのかよ?」カナが舌打ちする。大伴さんは「ああ、そう。別にいいじゃない?居たって。あ、ただカナ。おまえまた突っかかるなよ」とカナに注意してから「あーっ!とにかくもう遅れっ放し。(腕時計を見てから)ほら、もう1時40分だわ。さ、もう行こ行こ」と再出発を促した。リュックを背負ってさきほどの順番で歩き出す。俺、ミカ、大伴さん、カナの順だ。いくばくもなく男のもとへと辿り着く。男は腰を地面におろして両膝を立て、右足のくるぶし辺りを手でさすっている。その足は靴を履いておらず裸足だ。俺たちに気づくと思いっ切り嫌な表情をしてから顔を背けた。どうも俺同様に右足をどこかで痛めたようだ。足元にはテーピング用のテープが転がっていたがまだ足に巻かれていない。さすっていたのが左手だったからどうやら右手も痛めているようである。俺は立ち止まり、どうしようか、声を掛けようかと逡巡する。
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