自らを越えて

憧れの花田悟助

もういい、もうたくさんだ。これ以上ここにいると自分の存在を皆に気づかれて笑われかねない。やおら窓から離れて歩き出した刹那廊下の端を曲がってこちらにやって来る生徒の姿が目に入った。それはいつも取り巻きを2,3人従えている花田という名の生徒で、俺と同クラスで学級委員だったが二年になり次第次期生徒会長間違いなしとも目されていた。実際中学でも会長をやっていたそうでその名の通り華のある、文武両道の人気者である。普段は影のような俺からすれば眩しいこと限りない、異次元のような存在で、彼に憧れることハンパではなかったのだが、話しかけることなどもちろん出来ず、互いに勉強が出来るのを幸いに何とか彼の方から話しかけてくれないものかと、女のようにうじうじしてもいたのだった。殆ど彼の定位置のようになっていた首席の位置を今回は俺が占めている。花田は次席で、すれば二人の名は隣り合い、俺の名はどうしても彼の目に付くことだろう。果して俺に対するどういう感慨を花田は述べてくれるのか、とても気になった。彼さえ俺を認めてくれるなら他の奴らなどもうどうでもいい、とさえ今は思う。全生徒の憧れの的である彼さえ俺を認めてくれるのなら…。
 しょげた足を何とか踏ん張って回れ右をし、近づいて来る彼の視線に付くのを避けながら他生徒らの影に隠れつつ彼を待つ。幾許もなく模造紙の前に来て自らの定位置を確かめようとする彼の目に俺の名前が映ったようだ。まずは取り巻きの野口という体育会系的生徒が口を開いた。「あれ、親分(とは花田の渾名だ)、村田ってのが親分の定席を盗ってるけど、これって俺っちのクラスのあの村田かな」「うん?どれ。村田建三郎?…ああ、そうだ。これは奴だよ。うちの村田に違いない」。うちの村田!という花田の言葉に俺は他愛もなく舞い上がった。うちということはすなわち身内。さては彼が仕切る身内の中に俺を入れてくれてたのか、と勝手に俺は認識し、続けて肝心の俺の成績へのアセスメント如何に耳をそばだてる。もし彼が俺を評価してくれるとすればこれしかないだろうし、時にこうして彼をも上回る優秀さに一目、い、いや何目でも置いてくれるなら、そして交誼的態度を俺に示してくれるなら、知足安分とは云え以後の学園生活は違って来るに違いないのだ。
< 14 / 116 >

この作品をシェア

pagetop