自らを越えて

てめえの顔が気に喰わない

しかしまたしても取り巻きの野口が先に口を開いた。「へー、あの村田ねえ。しかし大したもんだねえ、ついにお前まで抜かしてトップに立つなんて。親分と違ってあいつ家庭教師にも付いてなければ、塾にさえ行ってないんだぜ。へへ、これじゃあさ、親分、お前も形無しだなあ」これにカチンと来た様子の花田が「こら、何だ、その云い方は。家庭教師や塾などに関係なく、本人の努力が要るんだ、努力が」と宣う。それに合わせるように今一人の取り巻きの佐藤が「そうだよ、お前、野口よ。親分の首席は年がら年中のことで、今回はたまたま奴の試験予想でも当たってたんだろうさ。ねえ、親分」と持ち上げるのに「ああ、たぶんな。そんなところだろう。フン、しかし野口よ、こっちの佐藤は毎回この成績優秀者50名の内のどっかに入っているのに、お前と来たらただの一回でも入ったことがないじゃないか」と花田が当てこする。しかし野口は「ねえよ、そんなもん。俺は体育会系だっちゅうの。勝負するんならこっちの方さ」平然とそう云って力こぶを作った二の腕を軽く叩いてみせた。実際その通りで上背のある野口の身体はしなやかでバネがありとんでもないタイムで短距離を駆け抜けそうだった。まだ入学し立ての頃俺がそんなに孤立していない時に俺は野口ら5,6人の同級生らとボール遊びをしたことがある。地面に置いたバスケットボール一個に輪になった皆が片足を揃え、合図とともに飛び散るのに鬼役の野口が誰かの名前を云って止め、その相手とボールの投げ合いをして勝負をするのだ。下手投げの決まりがあるとは云え、強烈な投げ合いをやらかして受け損ねた方が負けるのである。そもそも俺を指名したことからして下心見え見えだったが、奴の投げたボールはスナップが効いていて実に強力で、受け損なった俺は顔面でまともにそれを受けてしまった。だいたい顔面を狙うのはタブーなのだが野口は最初っから狙っていたし、痛打で赤く脹れた俺の顔を見て謝るのでもなく、ほくそ笑んでいた表情が今でも忘れられない。そこには『テメーの顔が気に喰わない』とハッキリそう書いてあった。
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