自らを越えて

黒い霧へと…(2)

特に花田との一件の直後などは『なあ、お前。これでよく分かったろう?いくら他人との交わりを求めて頑張ったって、結局はお前が惨めな思いをするだけだぞ。もう、よせよせ。止めとけよ』とばかり、当時の俺がショック状態にあることをいいことに、臆面もなく二人称の語り掛けをして来たものだ。そのことに悉皆気付かず『ちきしょう、ちきしょう!そうなんだよ、まったくなあ…。いくら俺が陰気だからって、あんな云い方を、揶揄い方をすることはないだろうに!もう、俺は…』などと呻吟するのみだった。黒い霧はさらに『だからさ、もう割り切れ!いいか、お前は他人との交誼など出来ない人間なんだ。そもそもだ、あんな連中と交わる必要などあるのか?ああやって連んでは人をいじめたり、小馬鹿にする連中なんぞ〝お前は〟相手にするな!』とけしかけるのだが、『…?』とばかりに俺が少しでも怪しんだりするとたちまち「お前は」を変えて、『〝俺は〟相手にすまい!』などと一人称思考に変えてしまうのだった。まさに自由自在で、このわが心中の〝他者存在〟に気付くことなどほぼ不可能である。一見俺を気遣うようなこの存在は、しかしハッキリおためごかしそのものの存在であり、係(かかずら)ったままでいるならば、やがては本人を廃人へと追い込んでしまうべき〝黒い霧〟なのだった。先の「いつの間にか我手中にある本」と相俟っての、こいつの働きを俺は次にまつぶさにせねばならない。話を一年先の二年生の終わり頃に持って行こう。
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