自らを越えて

田辺さんと矢内さん

現(うつつ)ならアッと驚く超常現象なのだがこの夢の世界にあってはそうでもない。彼女らは偶さかこの俺という根暗生徒を揶揄うというか諫めるためにこの場に来たったのであり、用が済めばこんな所は御免とばかりにさっさと彼女らの属する健康な、明るい世界へと戻って行ってしまったのだ。そのことが夢というこの四次元世界にあっては容易に感得されるのが不思議である。因みにこの田辺という女子生徒は現実に於ては俺のこの見っともない孤独ぶりを哀れんでか、時折りでも俺に話しかけてくれていたのだった。それなのに俺は皆の目を気にする余りそれを恥ずかしがって満足に受け答え出来ず、彼女の好意を踏みにじっていたのである。遙かのちの今の俺にして思えば、冷たい新河などよりはよほど彼女の方が話し相手として具合がいいと思うのだが。あと矢内さんについてはまったくの余談になるが、ある時用事があって体育館の用具室に俺が赴いた時、矢内さんら女子生徒らが体育の実技中で、勉強は出来るが運動不得手の観のある矢内さんがちょうど前方回転をしたところだった。しかし立って着地出来ずに、うしろにのけぞりながら大きく股を開いた形で背中からマットに着地。およそあられもない姿を俺の目に晒すこととあいなってしまった。用事をほったらかし赤くなってそのままUターンをした俺の背に「やーね、あの子。矢内さん、あんたあの子に見られちゃったわよ」なる他の女子生徒の声が襲った。以来俺を見る時は常に冷笑的だった矢内さんの顔に、しばらくでも赤みがさしていたのを覚えている。
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