自らを越えて
恐怖の金縛り
とにかく俺は彼女らが去ったあとの新河の席に置かれた花瓶の花をじっと眺め、改めて事の実相を心中で咀嚼しようとした。死んだのか、新河が…。死ぬ、この世からいなくなること、存在しなくなること。毎日のテレビや新聞ではそれこそ湯水のように誰かの死が伝えられ、殆ど概念的にしか理解出来なくなっていた死が今は、ここでは、肌感覚で感ぜられる。毎日顔を合わせていたクラスメートだからということもあるが、超みっともなく、またあられもなく、俺の心にとどめを刺してくれた新河だったからこそその印象が強かった。「この死は誰の死…?」と田辺さんが云った言葉が強迫のように迫り来る。そうだ、確かにその通りだ。改めて思えば俺はいったいなぜ、いまここにいるのだろうか?なぜここに来た…いや、呼ばれて来たのだろうか?死とは何か、生とは何か、人生とは何のためにあるのだろうか、等々日頃頭の中で抽象的に問うことしかせず、実態は〝死んだように〟生きていた俺に、この夢のシチュエーションは余すところなく、その俺の疑問への解答を提示していた。「わかっただろう?」誰かの声が教室の片隅から聞こえて来た。廊下側の未だ夕日の残照がさす反対の暗がりからそれは聞こえたようだ。誰かいるのか…?その暗闇の一画に人型の影が凝縮したように見える。これは…新河だ!死んだ新河が亡霊となって、いま俺の目の前に現出しようとしている!恐怖の金縛りにあったような俺に「今ならお前の交誼の申し出に応じよう」と彼は云い、さらにフフフと不気味な笑い声を立ててみせる。必死になって俺は金縛りを脱し、次いで脱兎のごとくに教室から飛び出した。