自らを越えて

自己紹介

はい、はい、はい、もう…もちろんです!とでも云ってその御名を口にすべきところをしかしそれがた易く出来ない。なぜならば本人を前にしてその名を口にすることはこれが始めてだったからだし、なお且つ彼女が俺の名を知っていたという感激に未だ浸っていたからだ。俺にどもり癖は本来ないのだが猛烈にどもって返事をした。「は、は、はい。わ、わ、わか、わかります。お、お、おお、大友さん…で、です」連れの2人の女の子がついに声を立てて笑い出した。そのあからさまな笑いに俺はすっかりパニくってしまい連れの2人や大伴さんへ交互に目を遣るばかりだ。しかしそれを見咎めた大伴さんが2人に振り向いて注意をする。「ちょっとお、カナとミカ、失礼でしょう?大きな声で笑ったりして」と嗜めてから「ごめんなさいね、村田君。この子たちは私の近所に住んでる子たちで、私の幼馴染なの。呼び名はカナとミカ。(2人へ)はい、カナとミカ、村田君に自己紹介して。こちらは私が出た高校の後輩で村田君って云うの。あなたがたよりひとつ年上よ」と促した。2人は互いに目を見合わせたあとシュラッグする風にしてから「カナ、北田加奈子です」と1人が云い今一人が「ミカでーす。吉井美香」と述べた。俺はぎこちない笑顔を浮かべながら「ど、どうも。村田です」とだけ返す。なぜ大伴さんが俺の名を知っているのかまた「お久しぶりでした」とは何からのことを云うのか質したかったが、前記来縷々記したように俺とは〝異種人種〟たる、健康で陽気な人達の邪魔など絶対にしたくなかったし(まして女性たちならなおさら)、大伴さんと一度でも口が聞けたことだけで大いに満足して、その幸福のままに一刻も早くこの場を立ち去りたかったのだ。
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