自らを越えて

村田君、一緒に丹沢に行きましょうよ

しかし成り行き上去りも去りならず大伴さんの采配に任す他なかった。その大伴さんが「村田君、そのいでたちはひょっとして登山?どこに行くの?」と訊いてくる。俺は、まさか、まさか、私たちも登山で丹沢に行くなどと云いはすまいなと危惧しながらも「はい、丹沢です」とやってしまう。すると大当たりだった。「ああ、そう。丹沢。それだったら私たちもこれから行くところよ。どう?村田君、ご一緒しない?(カナとミカにふり向いて)いいでしょ?あんたたちも。男子がいた方が楽しいでしょ?」とそれぞれの意向も訊かないで一方的に大伴さんが決め込む。カナとミカは当惑したように顔を見合わせながらも中途半端に頷いて諾を告げた。あとは俺だ。内心では『ああ、どうしよ、どうしよ』と女のように、且つ晴天の霹靂のごとき大当たりの連続に混乱しまくっている。まさか、大伴さんと、マドンナとこれから一日を共に過ごせる…などとは年末ジャンボ大当たりの展開だ。肯んじ得るだろうか?俺の(?)心が。未だ自覚出来ないでいたが〝俺ならぬ〟内心の黒い霧が吠えまくる。『まったく馬鹿云ってんじゃないよ!根暗で誰をも不快にさせてしまう〝俺が〟そんなことをしてもいいのか?いいか、大伴さんだぜ?マドンナだぜ?これからの道中幾許もなく飽きられて嫌味を云われるかもな。村田君、いなくなってくれる?とかな。はははは。目に見えてるぜ。ああ、いいさ、いいさ。ほら云えよ、同行しますってな。ほら、どうした?…』「村田君!」いきなり大伴さんが俺の名を強く呼んだ。うつむいて必死に自問自答していた俺が驚いて顔を上げるとまるで俺の内心の問答を見透かしているような大伴さんの毅然とした顔があった。
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