自らを越えて
ドーンとぶつかってらっしゃい
一、二瞬その厳しい視線を俺に差し込んだあとで大伴さんは表情(かお)を和らげ「何も悩むことないじゃない。ふふふ。私たち咬みつきゃあしないわよ。それともあれ?女こわい?」と今度は首を斜めにして下から俺をのぞき込むようにして訊く。その突っ込みに思わず破願し緊張が解けたがしかし長年にわたる根暗のカルマがなおも足を引く。黒い霧が述べたような、俺にとってのあらゆる恐怖のパターンがオンパレード状に脳裡に流れ込む。しかしそれを押しのけて胸の奥底から『いいから飛び込んじまえ!彼女を信じろ!』という何者か別格の度量を持つ存在が諾を迫るようだ。何者なのか?とにかくそれに気圧されて生唾をひとつ飲み込み『よし!』と決心した刹那「あーあ、うざってえな」「ねーえ。うふふ」というカナとミカの声が耳に飛び込んで来た。その途端かつて花田からまた新河から受けたトラウマがいっぺんでよみがえり、俺の口はうわごとのように次なる言葉をつらねていた。「お、俺は…いや僕はその…実は人と待ち合わせてまして、ば、場所は横浜でして…ですからその、ご、ご一緒できません。すいません」と。それへ「本当?もしいまのカナとミカの戯言(たわごと)が耳に入ったのならそんなもん気にしなくてもいいのよ。(カナとミカへ)こら。カナとミカ。気に障ることを人に云うんじゃないの」そう一括してから「ねーえ、ほら大丈夫よ、村田君。私をあなたのお姉さんか何かと思って、ドーンとぶつかってらっしゃい。この先輩に。すべて受け止めてあげるから。ね?」と〝男気〟を丸出しにして大伴さんが尚も俺を誘ってくれる。