自らを越えて

ぜ、ぜひ、ご一緒させてください!

何と沢登りかよ。大伴さんの方こそ丹沢の通なんじゃないのかなと疑ってしまう。すればあとの2人、カナとミカも意外や登山馴れしてる?とも思って見直さざるを得ない。すでに沢登りを決めていた俺であれば文字通り渡りに船なのだがただ気になることが一つだけあった。俺は今日は沢登りには必需品たる草鞋(わらじ)を持って来ていない。急遽尾根登りを変更したからだがこの今履いているキャラバンシューズであっては沢登りには不向きなのだ。いや不向きどころか危険ですらある。水に濡れて苔蒸した岩場であっては登山のスペシャルシューズであっても用をなさない。滑ってしまうのだ。ただそれであても滝の直登をせずに巻いて行けばOKではあるのだが。つまり滝の側面の山肌を登って行き滝が尽きたところで再び沢に戻ればいい。しかし本当はそれであっては滝こそを上って行くという沢登りの醍醐味が薄れるし、第一時間がかかってしまう。はたして大伴さんら一行はどうなのだろうか?彼女らの足もキャラバンシューズ、ひょっとして巻き道で?とも思うが草鞋を持参しているのであれば俺が彼女らの足を引っ張ってしまうことになる。などと危惧しながらもとにかく返答せねばならない。俺は確かに危惧もするが別趣よからぬ期待にも憑かれながら返答をした。ほとんど隠すことの出来ない喜びの呈を以って。
「い、いえ…同じです。ぼ、僕も沢登りです。あの、ぜ、ぜひ、ごいっしょさせてくだ…」などと、なんと自分から同行を願い出てしまう始末。普段の俺だったら絶対にできない芸当だ。川崎のバス停以来の奇跡の連続に、些かでも気が狂いかけているのだろうか?気恥ずかしさと嬉しさの余りに語尾が震えて消えてしまったのだが…。
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