自らを越えて

現在時間8時40分、よし出発!

「へ、平気です。俺馴れてるから。このままで…」しかし内心で危惧しないではない。危ないと俺も思うがだが大伴さんとの同行を思えば例え裸足であっても登りたい。「うーん、そっか…じゃあね、村田君、滝に入ったらわたしのすぐ前を登って行って。ね?どんな様子だか一応見たいから」パーティの安全を期し、リーダーを自認しているだろう大伴さんのこの指示はもっともだ。だがその逆の位置こそをひそかに願っていた俺であればがっかりすること甚だしい。そう云う理由は男性ならお察し願いたいがしかし俺はただ「はい」とだけ答える。同行だけでも天国なのに図に乗るなよな、まったく…。「あーっ、ミカミカ、勝手に草鞋履くな。そんな滅茶苦茶な結び方はしないの」俺に指示している間に草鞋を履き始めたミカを制して地下足袋を履いてから大伴さんが実技指導をする。草鞋の緒をサイドの乳(横にある輪っか)に通しそれを交差させてから始めてその上に足を置きと、正統な、本格的な草鞋の紐の結び方である。俺は目を丸める思いである。こういう正統な結び方があるとはつゆ知らなかった。ミカ同様にまったくの自己流で結んでいたのだった。これでは草鞋を持ってなくて却ってよかったかも知れない。草鞋を持ってない云々で大伴さんと談判を始めた時に「ちっ、うざってえな。こいつが足を引っ張ると思ったよ」とでも云いたげな顔をしたカナも今は神妙な顔つきで大伴さんの実技通りに紐を結んでいる。イボ結びに至るまでしっかりと習得するカナに些かでも驚きを禁じ得ない。半グレと思っていたのに人には意外な一面があるものだ。一方ミカはというとついに自分では結びきれず大伴さんに履かせてもらったのだった。
 さて、とにもかくにもめでたく地下足袋・草鞋を全員が履き終わって(俺を除いて)、現在時間8時40分、4人パーティの葛葉沢アタックとあいなった。
< 59 / 116 >

この作品をシェア

pagetop