自らを越えて

最初の滝F1四段目

それに大伴さんもそんなことを云うんだったら自分が先導してくれればいいのにとも思うけれど、しかしそんなことを一切度返ししてでもこの初体験、すなわち自分が他人を先導して行く、何より他人といっしょに行動している、分けても大伴さんと連れ立っていられるという喜びに胸は湧き心は踊るのだった。時々必要もないのにうしろをふり向いてはマドンナの姿を確認しこのいまの〝正夢〟を噛みしめる。もっともその度に不審の眼と眼付けを送るカナが忌々しかったが。谷のあちこちでコガラやシジュウカラ、メジロなど、野鳥の鳴き声が響きわたり俺の喜びを共有してくれるようだった…。
 そうこうして30分ほど行くうちに最初の滝であるF1四段目(高さ6メートル)が現れた。「どひゃー、これを登るんでがすかあ?」「へええ、上等じゃん」とミカとカナが云う。「そう。これが沢登りの醍醐味。いい?じゃあね、この始めの滝はわたしが最初に登って見本を見せるから。村田君は最後に残って万一2人が落ちたら支えてあげて。ね?」と大伴さんが云いさらに「2人が登ったらわたしはもう一度降りてあなたを見るから」とつけ加える。もう一度わざわざ降りて来て俺を見守るとは心外だったが黙ってうなずき大伴さんの肢体に注目する。共に沢登りをすると決まって来ひそかに願っていた大伴さんのあられもない姿。着ていた黄色のジップアップブルゾンと思しきヤッケはすでにリュックの中にしまっていて、いまの姿はキャメルとブルーをシングルブレストチェック柄で交差させた、洒落た登山シャツとGパン姿になっている。これを目をそらさずに堂々と見続けていいとは…俺は思わず喉ぼとけを上下させてしまう。何かしら嫌な感の働くカナがこれを見逃さず薄ら笑いを浮かべたが俺は『見本を見せると云うのだから仕方ないじゃないか』と心中で都合のいい反発をしこれを無視する。しかしそんな俺の邪(よこしま)な想像などいっさいおかまいなしに大伴さんは水が膝近くまである滝壺の中へとジャブジャブと入って行く。
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