自らを越えて

3人の自己紹介

この疲労と緊張というのはこのいまのシチュエーションすべてが俺にとっては初体験だったがゆえのことである。普段の学校生活、友達が1人もおらず貝のように押し黙って毎日を過ごしていた俺であればいまは奇跡の現出でしかない。この認識の持続が疲労と緊張を呼んでいたということだ。F1出立以来約50分俺は緊張をほぐすため息をひとつついて、腰掛けるにちょうどいい岩を選び腰をおろした。他の3人もてんでに岩を選んで腰をおろしそれぞれのリュックの紐を解く。さて、始めてこうして女性たちとの会話の場を得たわけだが、如何せん何を話していいのかさっぱりわからない。ただ押し黙っている俺に(俺と同じ)葛葉の銘水を口にしたあとで大伴さんが気安く話しかけてくれる。何と称すか『きみの孤独の次第はわかっているぞ』とでも云いいたげな意味深な笑顔を浮かべて。「村田隊長、いいペースじゃない?こんな初心者用の葛葉沢なんてお茶の子さいさいって感じね」「いいえ、そんな…」はにかみながらも改めて大伴さんの姿に魅入られてしまう俺だった。憧れたマドンナがいま目の前にいる。口を交わせる…この喜びを表現できる言葉があれば誰か教えてほしい。しかしそのような隠すことの出来ない俺のまぶし気な視線を軽くかわして、いまさらのように我々同士の自己紹介を介在する大伴さんだった。「そうだ、考えてみればあなたがた3人の自己紹介がまだだったわね。村田君の大まかなところはここに来る電車の中で2人に伝えておいたんだけど…こらミカ、ひとりでアップルパイなんかほおばってないで、あなたの性格とか趣味とかを村田君に教えてあげて」「うっ…」アップルパイ型のお菓子を一瞬喉に詰まらせながら「うっ、さいです(ゴックン)だからあたしは吉井美香で、あたしの性格は…(水筒の水を飲んでから)ふーっ、性格はその、暢気者かな?へへへ、こまかいことは気にしないの。大伴さんが親分で、こっちのカナが姉貴分とするような女の子。わかるかな?」「趣味は?」たたみかける大伴さんに「アップリケ。このリュックのお家のアップリケもあたしが縫ったの。カナのリュックにも同じものがあるでしょ。お揃いって分け。姉妹の証しでがす」へえ~とうけたまわる俺。
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