自らを越えて
ストレッチ体操
しかし現実には大伴さんがこの云い争いをふっ切るように俺やミカの方に顔をまわして「よーし、休憩できたな。そろそろ出発!」と号令をかけたのだった。俺はバネ仕掛けのように立ち上がって『じゃ、じゃ、行ってもいいですか?』の意味を込めて恐ろし気な大伴さんの目と視線を合わせる。その途端大伴さんの表情が苦笑げにゆるんで「じゃ、またお願いね、村田君。先頭に立ってちょうだい」と促す。しかしギクシャクとこわばったように歩き出す俺を見て「ちょっと待って、村田君。少しストレッチしようか。ね?はい、カナとミカも立って」と2人にも促した。「はいはい」とミカ「どーこしょ。ストレッチですかい。朗子さんの云うことじゃしょーがねえや」とカナがそれぞれ云って立ち上がり、ストレッチを始める姿勢を取った。「じゃあね、2人1組の体制を取るからね。カナは村田君と組んでミカは私と。いい?」「はいはい」「うっへえ、あいつと…?」ミカとカナがそれぞれ云い、俺は『マジかよ…』と寡黙である。大伴さんに一瞬メンチ切りしてみたが一旦云い出したら聞かない御仁とあきらめてテレンコテレンコしながらもカナが俺の側に来て横に立つ。「よろしくな、〝先輩〟」と先輩を強調するように云う。「よーし、じゃ3人とも私の動作に習って。いい?まず膝の屈伸から…」そう云って膝の屈伸運動を始める。それに習う3人。「次は膝の回転…次は腰の前屈後屈…はい、次は足を少し開いて腰の回転…」と一通りやったあとで「はい、次はお互いに向かい合って両手を取って」と来た。致し方なく俺はカナに向かい合っておずおずと両手を差し出したがカナはなかなかそれを取ろうとしない。「カナ!村田君の手を取って!」すかさず大伴さんの指示が飛ぶ。「ちっ」とつぶやいて繋いだカナの手はフォークダンス時に握った大伴さんの、あのマシュマロのようだった手と比べれば少し硬く、そしてやや冷たい気がした。