自らを越えて

大平橋出合い

この脇腹・腹筋のストレッチをあと2回やってストレッチを終えたがあちらの組では最後はとうとうミカがつぶれてしまった。大笑いしたあとで大伴さんが「よーし、終了。どう?スキンシップは?村田君。固さ取れた?」と聞いてくる。「はい…」含羞みながら答える俺は蓋し大伴さんの云う通りだと感心しきりだ。これがストレッチの効能というものか。身体のみならず心まで柔らかくなるものだなと。自分1人だけで鬱屈していたあの自己中毒と云うか何と云うか例の黒い霧をも一瞬で晴らしてくれたような気もするが、しかしこれは早とちりに過ぎるというものである。このあとよくよく知らされることとなる。
 さて葛葉沢出会いを8時40分に出発して板立の滝を過ぎた沢の中間点あたりでいま10時ちょっと過ぎだ。大伴さんらはこのあと塔ノ岳まで行くのだと最初に聞いている。それならばこのあと余程ペースを上げないと帰路は暗くなってしまうかも知れない。同じ隊列をという指示のもと俺は時間を慮って己がキャラバンシューズのハンディも忘れてペースを上げて沢登りの先導をして行った。殆ど15分くらいの猛ペースで沢の頭上にかかる大平橋の下に辿り着く。葛葉沢出会いから伸びている林道が5,6メートルほど頭上に橋となってかかっている所がこの沢にはあるのだ。この林道は車が通れる。橋の上には山菜取りと思われる婦人2人の姿があったが俺は一瞥しただけでそのまま橋の下をくぐり抜けようとした。しかし婦人らから声がかかる。「こんにちは。まあ、沢登りですか?女性3人を引き連れて。隊長さん大変ですね」と来た。俺は「いやあ…」とただ含羞むだけで「こんにちは」の挨拶を返すこともせずに行こうとする。見咎めた大伴さんがうしろから「こんにちはー」と大声で返し「はい。ありがとうございます。頼もしい隊長だから大丈夫です」とやってくれる。さらに「山菜取りですか?いいですね」と続けるので俺は立ち止まらざるを得ない。
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