自らを越えて

泣く子も黙る暴走族

婦人らは大伴さんに「ええ、そう。ミズコブとか山椒ね。漬物にしたり茹でたり薬味にしたりするのよ。美味しいわよ」と山菜取りを推奨する。俺はやったことがないがここ丹沢ではタラの芽やふきのとう、あとコシアブラとかいろいろ採れるらしい。時期が時期なら冬眠明けの熊に襲われることもあるそうだがまあ滅多にあることじゃない。俺が今まで丹沢で遭遇したのは鹿ぐらいなものだ。たいそう立派な角を生やした雄の鹿だったがしかしそれも狩猟シーズン中のハンターに追われてのことで、そうでなければ鹿や、まして熊などに出会うことはまずない。しかし今日は熊ではないがそれと同等に厄介なものとこのあと遭遇することとなる。やや離れたところからマフラーを外したような不快な車の音が近づいて来た。
 それに気づいた婦人らが「あらま、嫌だ。何でしょ?」と不審がる間もなく改造車と思しき騒々しい音を立てた乗用車が橋の上に来て止まったようだ。恐ろしがった婦人たちが「じゃ、気を付けて」と挨拶もそこそこに橋から離れて行く。入れ替わりにドアを激しく閉めたあとで2人の男が車から降りて来、欄干から俺たちを覗いた。一見してツッパリの暴走族と知れる。1人は赤いラッパのGパンを履きいま1人はなんと特攻服を身に纏っている。ダックテイルやリーゼントの髪型をした泣く子も黙るツッパリどもだ。俺は腸(はらわた)が締めつけられるような、実に不快な思いを抱かざるを得ない。俺以外のすべての人たち(俺に云わせれば、陽気で明るい、すべての健常者たち)が皆そうなのだが、この手のグループはまた取り分け俺には苦手な存在だったのだ。「あー、いたいた!兄貴、ドンピシャだよ。カナとミカがいたぜ。アハハハ」と1人が嬉しそうに笑い、あとから来たガタイのいいのが「おう、カナ」と呼び掛ける。大伴さんが眉根をしかめるのも顧みずに「竜二…なんでここに」とカナが応じ「おお、竜二兄貴とサブちゃんだ」とミカが無邪気にはしゃぐ。「ああ、沢登りするって云うからよ、どんなんだかちょっと気になってな。ここら辺りと当たりをつけて来てみた分けよ」「兄貴の勘、ピッタリでしたね」とそれぞれ云う。
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