自らを越えて
村田君、滑落する
ゆっくりでいいとは云われたものの草鞋に馴れたことをいいことにうしろのカナが俺にくっつき気味になる。その都度舌打ちなり「もうちょっと早く行ってくれよな」とかを小声で云われるとどうしても俺も足を速めざるを得ない。しかし足元はキャラバンだ。滑らせたり万が一の滑落さえも危惧されるのは相変わらずである。F7・4メートル滝の左岸でチョイ滑りをしてしまいカナを驚かせた。「おいおい、隊長さんよ、気を付けてくれよな」「悪い…すまないけどあんまりくっつかないで。万が一落ちたら君に当たるから」「ちっ、じゃ変わろうか?先頭をさ」俺もそうしたいがもしそうしたらカナは1人でドンドン行ってしまうだろうし、本当の隊長からも目玉を喰らうだろう。出来ない話である。そうこうする内にF8・3メートルの湧き水の滝に出た。ここは滝壺があって膝あたりまでジャブジャブと滝壺に入って行かねばならない。キャラバンシューズがたっぷりと濡れてしまう。滝自体は流れる滝の水を右に見ながら比較的勾配のゆるい右岸(右左は滝の上から見てのことなので下から見れば右左の呼称は逆となる)を直登すればいいだけのこと、草鞋なら一気に軽快に登ってしまうのだが俺にはいかにも滑りが危惧された。「カナさん、悪いけどこの滝は俺が登り終わるまでちょっと下で待ってて」と頼み込む。例の舌打ちをしたあとで「いいよ。じゃ待ってるから行ってくれよ」を受けて滝壺に入り登り始めた。足元からやや離れた左側のガバに手を伸ばしながら、よじれたような、何とも不自然な格好で(しかしせかすカナをを慮って出来るだけ早く)登るうちに滝壺上2メートル辺りで俺はついに足を滑らせてしまった。派手な水しぶきを上げて滝壺に足から滑落してしまう。右足の踵に痛みが走った。滝壺中の石か何かに打ちつけたのだろう。「いてて…」とうめきながらびっこを引いてカナの立つ左側の岸に上がった。滑落した瞬間は「アチャー」とおちょくったカナもマジ顔で「だいじょうぶかよ?」と聞いてくる。『ちきしょう、お前がせかすからだ』と普通の者なら云うだろうが俺には及びもつかない。