自らを越えて

接せんがばかりの大伴さんの顔

右足のキャラバンシューズを脱いでそのまま踵に両手を当ててこらえるだけ。しまった、やっちまった…心中ではこの先の皆の行程を慮って無念やる方ない。「ばかやろう」と心中で自分を責める声はしかし自分のものだろうか?そこにはハッキリ嘲りが感じ取れるのだが…。
 いくばくもなく上って来た大伴さんとミカが異常に気づく。「どったの?村田氏」訊くミカに「落ちた」と事も無げにカナが云う。「えーっ?落ちたあ?!落ちたってどっから?!」カナに詰問する大友さんに俺が代りに答える。「す、すいません。ちょっと足を滑らせて…滝壺の岩に踵を打っただけです。大丈夫です。どうってことない、すぐに…」ぜんぶ云う間もなく大伴さんが寄って来て膝をつき両手を俺の踵に当てて「どこを打ったの?踵の…下ね?挫いたんじゃなくって打ったのね?」と訊きながらその部位を癒すように探ってくれる。「失敗した。わたしが迂闊だった。つい、もう大丈夫と…。やっぱり私があなたのうしろに居ればよかった。ごめんね、村田君…」そう眉根をしかめて自責する大伴さんに俺は申しわけなくて仕方がない。「いや、俺が悪いんです。も、もう平気です。いま靴を履きますから…」と云うのに「ダメよ!」厳しく決めつけ「取り敢えず踵を冷やさなければ…カナ!村田君の左横に来て。踵を滝壺の水で冷やすから」と命令する。おとなしく俺の左横に来たカナに「村田君の肩を支えてあげて。いい?2人で滝壺の前に運ぶから」と云ったあと自らの左手を俺の肩に差し入れ右手を俺の膝裏に入れると「ゆっくりね…はい、いっちに」とばかり、俺の身体をやや持ち上げ気味にして滝壺の前まで運んでくれる。その際大伴さんの髪が俺の頬にかかり剰えその美しい顔の接せんがばかりの肉迫に場違いにも欲情すら催す俺だった。カナはと云えば持ち上げるどころか申しわけ程度に俺の背を押すだけ。舌打ちされないだけでもマシというものだ。俺のGパンの裾をまくし上げて足首から先をそっと滝壺の水に浸すと「このままじっとしてて。冷たくなったら足を引いていいから。ね?」と云いつけたあと「ところでカナ。あんたまさか村田君を後ろからせかさなかったでしょうね?え?どうなの?」
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