自らを越えて

小説・デミアン

しかしこの俺の中の弁士はなお止まずそれこそ滔々と「とどまることなく水は滔々と流れている。だからその水は清くて綺麗なんだ」などと臆面もなく言葉をつなぐのだが、しかしどうやらやっと以下のごとくに弁を仕舞いへと結ぶようだ。「あの、だから俺…俺も、自分の暗い洞窟の中にとどまって澱んでいたくなくって、だからこうしてここに来たんです。自分の殻をやぶる何かきっかけが欲しくって。(ここで感じを一転して余裕気にカナとミカ2人にそれぞれ目をやりながら)カナさんとミカさんもきっと同じなんじゃないかな。さっきミカさんが〝大伴さんに何か教わるんだってカナが云ってた〟って、そう云ったけど、その通りのことなのかな?」そう尋ねる俺に「ふん」とカナが顔をそむけ「ウンウン」とばかりにミカがうなずく。しかし俺は「それで、だから俺も同じなんです…大伴さん、あなたはヘルマン・ヘッセの小説でデミアンっていう作品をご存知ですか?」と今度は唐突に大伴さんに尋ねる始末。「デミアン?…(思い出したように)ああ、知ってるわ。エーミール・シンクレールとマックス・デミアンね?」さすが✕✕高校における生徒会長だった教養を見せたがそれへ「そうです。それです。それで…だから…(なぜか〝俺〟でなく)ぼくにとってはあなたがそのデミアンなんです」ここまで云って(いや、聞いてか?)さすがに俺は恥ずかしい。このマドンナに向かって、面と向かって『よく云うよ!』である。自分の顔が赤面してくるのがわかる。しかし、俺は…「ですからその…(自分の胸を指さしながら)こいつ、シンクレールの奴をよろしくお願いします!」と云い切ってしまうのだった。そしてこの直後に(複雑な云いまわしだが)俺は俺ならぬ俺からの離脱を感じ取ったのだ。フウ―ッとひとつ大きく息を吐きそれからなぜか急に身体がガタガタと見た目にもわかるほど震え出した。そのままもう何も云い出さないのを見てからカナが「ふふ。もうぜんぶ云い切ったって感じだな。きっと懸命だったんだろうな。かわいそうにガタガタ震えてらあ」とミカに嘯きそのミカは「ねえ。そんな感じだわ。もうだいじょうぶでがすよ、村田うじ。そんなに気張らなくても。つかみ合いは終わったし、私ももう泣かないし」
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