自らを越えて
第八章 丹沢行(3)富士型の大滝
ダメよ!もう直登はなし
靴を履き終わって俺はその辺を小刻みに踏みしめてみる。そうするとやはり右踵にハッキリ痛みが走るが堪えられないことはない。俺はこの先の行程を思い出して腕時計を確かめた。するといつの間にかもう11時30分になっている。ちぇっ、じゃあ俺のドジのせいでこのF8の滝に何と20分もいた分けだ。先行したK大山岳パーティはもう三の塔に着くころか?こんなペースで塔ノ岳まで行った日には帰りは何時になることだろうか。踵の痛みなど云ってられない。3人に申しわけない。俺は「だいじょうぶです、大伴さん。俺のせいでだいぶ時間をロスしました。さあ、また滝を登りましょう。もう二度とヘマはやりませんから」と言明したが即座に「ダメよ!もう直登はなし。いいわね?このあとはすべて巻いて行くから」と巻き道登坂を云いわたされる。俺は『えーっ?』でしかない。大伴さんはこれからのコースタイムや下山までの時間を把握しているのだろうか?それを云おうとしたがそんなことは先刻承知とばかり次のようにみんなに言明した。「いい?みんな。今日はもう塔ノ岳までは行かないからね。このあと三ノ塔まで行って今日はそこから三ノ塔尾根を下ります。そうすれば充分に余裕のある行程になるから。わかった?」するとカナが「大伴さん、それはないでしょ?」とブーたれ顔で抗議する。「行く前に塔ノ岳までのルートのおもしろさ、行者ヶ岳とかさ、さんざん吹聴しておいて…それにさ、何が何でもこの塔ノ岳日帰りルートをやり遂げることが、あたしやミカにとっては意義があるんだ、なんて云ってたじゃない」「さいです。でもあたしは…」口をさし込もうとするミカを「だまってろ。ミカ」と制してさらに「あたしはさあ、だからやる気を起こして、よし、やったろーじゃんって、気合を入れてたのよ。このふだんから何でも放りたがるミカのためにも、いい訓練になるって…あたしそう思ったんじゃんよ」と引き下がらない。ミカがなさけなさそうにしているし俺もひとこと入れたいところだがさきほどのカナと大伴さんの顛末を思えばそれもできない。