自らを越えて
よしわかった。じゃ直登しましょ
このあとF9・5メートルの滝始めいくつかの小滝もすべて巻き道から行き、15分ほどでF10・富士型の大滝に出る。富士型をした10メートルに及ぶ、一枚岩のごとき、この葛葉沢最大の滝である。超スローペースのせいで隊列の間隔は狭まりほぼ4人いっしょに大滝の前に出た。「すげえ」「おお…」とミカとカナが一声もらす。この滝はなるほど大きいが右側リッジから登ればさほど難しいことはない。ただ登り切る最上部のところがややオーバーハングになっていて注意を要する。「すごいでしょ。これが富士型の滝、葛葉沢最大の滝よ」と大伴さん。しばし2人に眺めさせたあとで「さ、これも巻いて行きましょ」と我々に促すが「嫌だ。これは絶対に直登したいね(いつの間にか直登なる言葉をカナは覚えていた)」カナが意地を張る。「塔まで行かないんだったら、せめてこの滝を直登して記念にしたいよな。な?ミカ」そう云い張って引きそうにない。ミカはカナと大伴さんの顔を見比べながら口ごもるが無意識のうちに首を縦にふっていた。やはりミカも登ってみたいのだ。そんな2人の様子に俺はたまらず「大伴さん、この滝は右側から登ればそんなに難しくない。ただ最後のところが少しオーバーハングなんです。そこだけ気をつければ…だから…」俺にかまわず3人で直登してくれ、と云いたいが語尾がよどんでしまう。俺のせいでこの沢登り最大の醍醐味を3人に失わせてしまうことが堪えられなかったし、第一本当は俺自体がここを直登して最後に汚名をそそぎたくもあったのだ。語尾はよどんでしまったがそんな俺の切望は伝わったようだ。しばし滝の最上部を見つめたあとで「うーん、よしわかった。じゃここを直登しましょ。最後のハングは私がカバーするから」大伴さんの快諾にミカが唾を飲み込んで改めて直登への意気込みを表し、カナは「へへ、やった」とばかり、始めて大伴さんを翻意させたことで留飲を下げたようだ。大伴さんが登攀の順番を伝える。