自らを越えて

富士型の大滝にアタック!

「まず私が始めに登るからそのすぐあとを村田君が来て。私からあんまり離れないですぐあとを来てね。そのあとは間隔をあけてミカとカナね。上から私が合図するからそれまで2人はここで待ってて。いい?…それでカナはラスト。ミカをフォローしながら登って来て。いいわね?」「ちぇっ、あたしが最初に行くよ」ブーたれるカナに「ラストが一番責任あるのよ。本来は私だけど最後はカナに任せた。私があんたの技量を認めたからこそよ。ミカが万一足でもすべらせたらしっかりフォローしてよ。いいね?…さ、それじゃ村田君行くわよ」まさかの展開に俺は唾をゴクリと飲み込む。沢登り当初から願っていたことが正夢になりそうだ。まったく俺は不謹慎な野郎だ…。
 時折り俺をふり返りながら大伴さんが大滝をスローペースで登って行く。俺を慮ってのことで出来ればザイル(ロープで身体を結び合うこと)をしたいという表情(顔)をしている。俺に異変が生じれば即手を伸ばさんがために、俺がすぐ下に続いていることを確認しているのだ。それと知りつつもふり返られる度に俺は目を伏せてしまう。その分けは云わずもがなで、ふり返られる時以外は間近に見る大伴さんの形のいい腰に目が釘付けになっていたからだ。これでは自らの足元への確認が疎かとなり却って危険…と思われるのだが、しかしこんな奇跡のような、絶好のポジションをゆめ疎かに出来るものではない。下からカナの揶揄するような笑い声とそれに相槌をするミカの声も聞こえてくる。しかし『何云ってやがる。俺は(そんなことは決してないだろうが)万一大伴さんが滑落でもしたら大変と思って注視しているだけだ』などと心中で反発するのだが蓋しそれは本音と云いわけが半々であろう。いくばくもなく大伴さんは富士型の滝の頂上付近に、オーバーハング箇所に到達し、右手を崖上のホールド(恐らくそこにある地上に露出した木の根っ子か岩のくぼみ)に伸ばしてそれを確保すると、両腕に力こぶを入れて一気に身を引き上げ滝の頂上に立った。そしてすぐに身を翻すとその場にしゃがみ込んで、首から上だけを崖上に出してホールドを探している俺に「よーし、村田君、最後よ。ほら手を伸ばしてここを掴んで」とばかりに先ほどのホールド箇所を指し示す。
< 89 / 116 >

この作品をシェア

pagetop