自らを越えて

どのように感謝しても仕切れない

「あれ…?あ、そっか。オォー!のあとで全員で一度足を踏み鳴らすのを忘れてた。あははは。ごめん、ごめん。これバレー部のエールだからさ、体育館の床をドン!とみんなで一度踏み鳴らすと効果があるのよ。相手チームを威嚇する上でもね」最後はご愛敬だったが俺はエールを終えて何か晴れがましく、さっぱりとした気分になる。円陣を解いたあとで「どう?村田君。1人じゃないでしょ?団結心が少しは湧いたでしょ?」と大伴さんが聞いてくる。「はい…」と含羞みながら返事したがあとはいつものように口籠る。実際のところ、これはあのストレッチ体操の折りにも記したことだが人が持つ各々の宿業と云うかカルマと云うか、培って来た性格の傾きと云うか、それぞれが抱く好き嫌いや、自分勝手・自分中心の心のハンパならずをこのあと存分に知ることとなるのだ。しかしだからと云っていままで大伴さんが散々こころみてくれた〝親和への努力〟に感謝しない、いや、感動しないということは決してなかった。そもそもこのような複数での山登りや、人(女性)との会話の機会を与えられるなど考えられもしなかったことで、何より、マドンナ大伴さんと一日をいっしょに出来たことが、どのように感謝しても仕切れないことだったのだ。さて、ここまで来ると三ノ塔はもう近い。そこで昼食となるのだろうが俺にとってはここまでの奇跡の連続のみならず、かの山頂においても「山上の垂訓」ならぬどのような「山上のre birth(新生)」が、あるいは真逆の「山上のミゼラブル(悲惨)」が待っているのか。〝自らを超え行く〟登山はいままだ続行中である。
「うふふ。相変らず恥ずかしがり屋の村田君…あ、いや、村田先輩ですなあ。大伴さん、心配いらないです。女の感で先輩の固さがほぐれて来たのが分かります。かく云うあたしも何か皮が一枚めくれたような気がします。ありがとうござんした」そうミカが云うのに「いえいえ、どういたしまして。実はこれも登山のひとつの目的なのよ。塔制覇だけじゃなくってね。それぞれが欠点を直し、違いを超えて仲良くすることもね。な?カナ」と大伴さんが受けてなお且ついま1人にふる。
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