自らを越えて

お、俺は…やる時はやるよ

「カナ、それを云っちゃあおしまいだよ」とミカが口を出す。「うるさい!」とカナ。葛葉沢出会いからここまでの4人の様を思えばここら辺りで大伴さんが必ず割って入るのだが今は無言のままだ。その感じを云えばミカが独力でこの富士型の滝を登り切るまで、敢て手を貸さなかったのに似ているだろうか?それとも実はもう俺に愛想が尽きて無言のままなのだろうか?心中の黒い霧が俺に大伴さんへの不信を云い、再三トンコを促しているようだ。『でも、ここで自分に負けたら、逃げてしまっては…』と必死に自分に云い聞かせ、さらにはあの成績発表の場における花田一派との顛末や、悪夢に出て来た新河君による突き放しにさえ思いを致す。『あんな見っともない思いはもう嫌だ』つくづくそう思う。俺は思い切って大伴さんの顔をまともに見た。すると大伴さんは胸に両腕を組んだ姿勢だったが「うん」とばかり俺にひとつうなずいて見せた。その瞬間俺の胸に黒い霧を追い払って光がパーッと差した気がした。俺は「カ、カナさん。俺は、俺は臆病じゃないよ。俺は実は学校で柔道部に入っていたんだ。だから、そ、そりゃ見かけはおとなしいかも知れないけど、でも、やる時はやって見せるよ」と云ってのける。これはまるであのF8・3メートル湧き水の滝で滑落した際に俺の心中に入った(のか?)守護霊の言のようにも思える。高一の時に1年間だけ柔道部に在籍したのは本当だがしかしだからと云って本当に〝やる時はやる〟のか、やれるのか?は実のところわからない。口から出てしまった言葉だ。それを敏感に感じたカナが「へーっ?あんた柔道部に入ってたの。そりゃ驚きだね。でもホントかい?ホントに誰かとガチンコできるかい?例えばさ、あのさっきの橋の上で会ったあたしのダチ公の竜二やサブ、あいつらとやれるかい?」と疑うように、しかし俺が柔道部に在籍していたことには感心したという顔で聞いてきた。
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