自らを越えて

昼食地、三俣に着く

「そ、それは…」と俺が答える前に大伴さんが割って入って来た。「よーし、そこまで。カナ、もう止めろ。村田君が柔道部に入っていたのは本当よ。わたしがこの目で見ているわ」と言明する。そして輝くような笑顔をつくって俺を見「村田君、それよ。その意気。わたしシビレちゃった」と俺を持ち上げてみせた。どうやら俺は今度こそ富士型の大滝をミカ同様に自力だけで登り切ったようだ。まだ云い足らず気なカナを尻目に「はい、これでもう口論は止め!じゃね、もうちょっと上に行くと三俣という開けた場所があるから、そこで昼食にしましょう」とする大伴さんの姿を、いまは女神を仰ぐように清しく見るばかりだ。
「村田君、また先頭を行ってちょうだい。巻き道でいいからね」に「はい」と答えて俺は登攀を再開する。「けっ、何がシビレちゃっただよ…」と小声で毒づくカナをしんがりにして3人が続く。三俣までは15分ほどで着くだろうか。間には2、3の滝があるだけだ。二番目に出会した4mトイ状の滝こそ左から巻いて行ったが始めの2mの小滝などクラックを利用して直登してしまう。大伴さんは何も云わなかった。いくばくもなく腰掛けるにちょうどいい岩がゴロゴロした開けた場所に出る。三俣であった。この葛葉の沢登りではここかさきほどの富士型の滝を上り切った辺りを昼食にするのが定番である。「三俣です」とうしろの3人に俺は告げる。「わーい、メシだ、メシだ」ミカが喜び「へー、三俣ね。広くて塩梅よさそうじゃん」とカナが云って辺りを見回し適当な岩を見つけると、俺に「来るなよ」とばかり眼付けをしてから「ここにしよ、ミカ」と妹分を誘う。おとなしくミカが従いさっそくリュックのヒモをほどき始める。大伴さんが「手ぐらい洗え、ミカとカナ」と云ってリュックを置き、そこからタオルを取り出すと肩に掛けて、右側の渓流を跨ぐ形で手と顔を洗い出した。それを下から見る俺は『実にいい眺めだ』と思うことしきりである。
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