元風俗嬢の愛海ちゃん、ストーカー御曹司とせふれになる。
4 不意の言葉
侑人と手をつないで歩き出した港は、レンガ造りの倉庫とガス灯のレトロな光景が広がっていた。
明治の頃に貿易港として開かれたそこは、今も大きな商船が行き交う。それとともに人も集まって、通りをにぎわせていた。
愛海は小さい頃、母に港へ連れてきてもらうのが大好きだった。港に入って行く船を見た途端その気持ちが蘇って、はしゃいだ声を上げる。
「侑人くん、見てみて! 大きい船だね、どこから来たんだろ?」
侑人は船を見やると、慣れた様子で答えた。
「あれはオーストラリアの船籍みたいだね。食料品じゃないかな」
「そうなんだ! あっちは?」
「トルコだよ。たぶん衣料品かな」
愛海は感心して侑人を見上げる。
「すごいなぁ、どうしてわかるの?」
「貿易は家の生業だから。あと顧客も船で来るんだ」
侑人が見やった先には、際立ってきらびやかで大きな船が停泊していた。天使が羽を広げたような形をしていて、愛海はまじまじとそれを見る。
「もしかして、クルーズ船? 初めて見たよ」
「この街には時々来るからね。乗りたい?」
侑人に問いかけられて、愛海は苦笑した。うーんとうなって、侑人に返す。
「人生の最後くらいに乗れたらいいなぁ」
「もうちょっと最初の方で乗らない?」
愛海はとっさに言葉の意味がわからなくて、きょとんと侑人を見てしまった。
侑人は優しく笑って、愛海の手を引いて言う。
「門出のときに乗りたいな、愛海ちゃんと。でもこうやって二人で歩いているのだって、夢みたいだけどね」
それから二人で、船と通りのお店を見ながら歩いた。ガラス工芸、地酒に帽子、一口サイズのチーズケーキもあって、愛海は歩いているだけで気持ちが浮き立った。
侑人は愛海を通りの一本奥に入った、穴場らしいオイスターバーに連れて行った。
ワインの瓶が壁際に並び、金糸で織られたタペストリーが華やかな内装に、愛海は目を丸くして言う。
「私、こういうところ来たことないんだ。侑人くんは来るの?」
「仕事で時々。でもプライベートでは初めてかな」
侑人は店主に、外国の言葉であいさつをしていた。店主は気安く何か侑人に言って、侑人は一瞬口ごもったようだった。
「どうしたの?」
席についてから、愛海は侑人に店主とのやり取りをたずねた。侑人は気恥ずかしそうにぼそっと返す。
「『奥さんか? ずいぶん大事そうに手を引いてる』って」
「奥さん……」
二人の間に、一瞬気恥ずかしい沈黙が流れた。
愛海はかぁっと赤くなって、慌てて言う。
「まさか! 私がなれるわけないじゃん! さ、何食べる?」
侑人はそれには答えず、メニューを見下ろしながら言う。
「はまぐりがおすすめでね……」
愛海はまだ心臓がばくばくしていて、びっくりするくらいおいしい料理が出てくるまでそれは続いたのだった。
明治の頃に貿易港として開かれたそこは、今も大きな商船が行き交う。それとともに人も集まって、通りをにぎわせていた。
愛海は小さい頃、母に港へ連れてきてもらうのが大好きだった。港に入って行く船を見た途端その気持ちが蘇って、はしゃいだ声を上げる。
「侑人くん、見てみて! 大きい船だね、どこから来たんだろ?」
侑人は船を見やると、慣れた様子で答えた。
「あれはオーストラリアの船籍みたいだね。食料品じゃないかな」
「そうなんだ! あっちは?」
「トルコだよ。たぶん衣料品かな」
愛海は感心して侑人を見上げる。
「すごいなぁ、どうしてわかるの?」
「貿易は家の生業だから。あと顧客も船で来るんだ」
侑人が見やった先には、際立ってきらびやかで大きな船が停泊していた。天使が羽を広げたような形をしていて、愛海はまじまじとそれを見る。
「もしかして、クルーズ船? 初めて見たよ」
「この街には時々来るからね。乗りたい?」
侑人に問いかけられて、愛海は苦笑した。うーんとうなって、侑人に返す。
「人生の最後くらいに乗れたらいいなぁ」
「もうちょっと最初の方で乗らない?」
愛海はとっさに言葉の意味がわからなくて、きょとんと侑人を見てしまった。
侑人は優しく笑って、愛海の手を引いて言う。
「門出のときに乗りたいな、愛海ちゃんと。でもこうやって二人で歩いているのだって、夢みたいだけどね」
それから二人で、船と通りのお店を見ながら歩いた。ガラス工芸、地酒に帽子、一口サイズのチーズケーキもあって、愛海は歩いているだけで気持ちが浮き立った。
侑人は愛海を通りの一本奥に入った、穴場らしいオイスターバーに連れて行った。
ワインの瓶が壁際に並び、金糸で織られたタペストリーが華やかな内装に、愛海は目を丸くして言う。
「私、こういうところ来たことないんだ。侑人くんは来るの?」
「仕事で時々。でもプライベートでは初めてかな」
侑人は店主に、外国の言葉であいさつをしていた。店主は気安く何か侑人に言って、侑人は一瞬口ごもったようだった。
「どうしたの?」
席についてから、愛海は侑人に店主とのやり取りをたずねた。侑人は気恥ずかしそうにぼそっと返す。
「『奥さんか? ずいぶん大事そうに手を引いてる』って」
「奥さん……」
二人の間に、一瞬気恥ずかしい沈黙が流れた。
愛海はかぁっと赤くなって、慌てて言う。
「まさか! 私がなれるわけないじゃん! さ、何食べる?」
侑人はそれには答えず、メニューを見下ろしながら言う。
「はまぐりがおすすめでね……」
愛海はまだ心臓がばくばくしていて、びっくりするくらいおいしい料理が出てくるまでそれは続いたのだった。