根暗陰キャ君と、同居することになりました。

出会い

「ほら、陽葵(ひまり)。こちら、影野悠太(かげのゆうた)さん。そしてこっちが、息子さんの涼蜜(すみ)くん」
は……?
口をあんぐりと空けたまま、うちはフリーズした。
お母さん……何を考えてんの?
「陽葵、挨拶しなさい」
いやいやいや、無理無理無理!
だってだって、この人……。
うちの、"クラスメイト"なんだけど!?





遡ること、数週間前。
『陽葵〜?』
『何〜?お母さん』
その日は、友達と遊んだ帰りで、超ハイテンション。
しかも、お母さんの声のトーンも明らか高い。
自然とうちも笑顔が零れちゃう!
ニコニコ笑っていると、お母さんはテーブルの上のコーヒーを1口飲んだ。
お母さんの癖。
緊張すると、絶対に飲み物を1口飲む。
『陽葵……お母さん、ね……』
言いにくそうに口を噤んだお母さん。
もしかして……。
「もぉ〜、なーにお母さん!あ、もしかして再婚とか〜?」
冗談めかしてそう聞いてみた。
お母さんはびくりと肩を震わせる。
……図星、か……。
うちは母子家庭で、お母さんとうちの2人暮らし。
決して広くない、マンションの一室。
生活も、うちがバイトできれば……って何度か思ってた。
『ひ、陽葵……お母さん、陽葵が嫌なら……』
『嫌なわけないじゃん!』
ぎゅーっとお母さんに抱きつく。
『うちは大賛成だよ!!』
そう言って笑うと、お母さんも嬉しそうに微笑んだ。
『それでね、あと1ヶ月くらいしたら、お母さんたちのお家で一緒に暮らそうと思うの』
ここで!?
……まぁ、他人の家に入るよりはマシ、か。
自分を納得させて、1ヶ月を過ごした。





そして……今に至る。
なんで、よりによってこいつなんだ……!
こいつ……影野涼蜜は、何を隠そう、ばりくそ陰キャなんだよ!!
うちはどこをとっても陽キャになるし、こいつと関わったことはひとつもない。
教室でもひとり、本を読んだり勉強をしているタイプ。
うまくやって行ける自信は、粉々……。
「ほら、陽葵」
うっ……。
「あ、朝比奈、陽葵です……」
あは、あははは……。
泣きたくなってきた……。
「涼蜜も挨拶しなさい」
「影野……涼蜜……です……よろしく、お願いします……」
遅いっ……!!
喋り方、ゆっくりすぎない!?
ってか、声初めて聞いた!
まじまじと影野を見つめる。
あれ……意外と綺麗な肌……。日焼けしてないからかな?
いいな〜。こんな真っ白な肌に産まれたかった〜。
メガネのフレーム、分厚っ!
前髪も長すぎて、目、よく見えない……。
「2人とも疲れてるでしょうし、ひとまずお部屋にどうぞ。陽葵、案内してあげてくれる?」
「はーい」
事前に貰ってたメモを確認。
えっと、1番奥が元物置の影野の部屋。
1番手前が元々空いてた悠太さんの部屋。
「ありがとう、陽葵ちゃん」
悠太さんに頭、なでなでして貰っちゃった!
男の人の手、って感じがしたよ……!
「えっと……か、影野。部屋、1番奥ね」
指さすと、影野はこくりと頷いて、急いで荷物を持ち、部屋に引っ込んだ。
いや……なんだあいつ……。
どうしよう、やっていける自信ゼロパーセント……。


その日の夕食は、カレーライスとサラダ。
自分の分とお母さんの分をよそったあとでハッと気づく。
今日から2人増えたんだった……。
「あの……どのくらい、食べますか」
恐る恐る悠太さんに尋ねる。
「そうだな……少し多めに貰えるかな?」
「わかりました」
ご飯とルーを少し多めにお皿にのせる。
影野は……。
「あっ、ぼ、僕は、す、少なめでっ……!」
おどおどと口を開く影野。
無言で盛り付けて、影野の前にお皿を置く。
「あ、ありがとう、ございます……」
あれ、ちょっと意外。
こういうので、お礼とか言うんだ。
うちもご飯食べよーっと。
サラダ美味しい……!
やっぱ、ダイエットの味方だよな〜♪
あ、カレー……ちょっとだけ、味付け違う。
「お母さん、カレーの味付け変えた?」
「気づいた?今日のカレー、悠太さんが作ってくれたの〜!」
嬉しそうに微笑むお母さん。
うちもつられて口元が緩む。
「あ、ごめんね!嫌だったら、残してもいいから……!」
「いえ、すっごく美味しいですよ!」
焦った様子の悠太さんに笑顔を返すと、ホッとしたようにカレーに口をつける悠太さん。
よかった……機嫌を損ねなくて。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて、食器をさげる。
「陽葵ちゃんは偉いね」
悠太さんの声が飛んできて、ぱっと顔を上げた。
「そうなのよ。食器も洗ってくれるし、私が忙しいときは晩御飯も作ってくれたりするの。もうすっごく助かってて」
いつにも増してべた褒めしてくるお母さん。
別に晩御飯ぐらいでそんなに褒めなくても……。
お皿は水で軽く洗い流して、スポンジを手に取る。
洗剤は軽く付けるだけ、っと。
お皿を洗っていると、遠慮がちに追加でお皿を置かれた。
「これも……いいかな」
見上げると、悠太さんで。
込み上げてきた多少の怒りを堪え、笑顔を作って皿を受け取る。
「わかりました」
悠太さんの分のお皿も追加で洗う。
「ほら、涼蜜も」
うっ……。
影野が遠慮がちにキッチンに入ってきて。
「あっ……あさ、ひなさっ……こ、この……お皿、もっ……お、おねが……」
ふるふると小刻みに体を震わせながらお皿を差し出してくる影野。
「わかった」
影野の持っているお皿を引っ掴み、乱暴に奪う。
「あっ、あさひなさ……」
「いいから」
影野の方を見ずに、皿を洗い始める。
「陽葵、その態度はないんじゃない」
お母さんの声が追いかけてくる。
「いいんだよ、光莉さん」
悠太さんが庇うように口を開く。
「涼蜜が、引っ込み思案だから……」
うちは無言でお皿を洗い終え、リビングを出た。
出る直前に見た、影野の傷ついたような顔が、いつまでたっても頭から離れなかった。
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