根暗陰キャ君と、同居することになりました。

筆箱

「よし、できたっ」
完成した朝ごはんは、ご飯とサラダ、卵焼きとウィンナー。
「ありがとうございました、手伝ってくれて」
影野がお皿を並べながらそう伝えてくる。
「いやいや、むしろ感謝するのはうちの方で!」
なんかお礼、できないかな……。
キョロキョロと辺りを見回して。
……あっ!
「影野!」
ちょいちょい、と手招きをして、影野を呼ぶ。
「これ、フルーツキャンディー。手伝ってくれたお礼」
1個取っていいよ、と全種類を手のひらに広げた。
「え、いいんですかっ……!」
甘いもの好きなのかな……?目がキラキラしてる。
迷いに迷って選んだのは、さくらんぼ味。
なかなかにマイナーですね。
このキャンディー、中にそのフルーツのジュレが入ってて、舐めてると中からトロッと溢れ出てくるんだぁ。
そのジュレがまた美味しくって。
「ありがとうございます!またお昼にでも頂きますね」
丁寧に筆箱に包みをしまう影野。
……そういえば。
「ねぇ影野?」
「はい?」
一足先にと卵焼きを頬張る彼に、気になっていたことをぶつけてみることに。
「うちと影野って"キョーダイ"になるんだよね?」
「まぁ、戸籍上はそうなりますね」
「ならさ……うちが影野陽葵になるってこと?」
うちがそう言った瞬間、影野は箸を落とした。
「こ、戸籍上は、そうなるはずですけど……」
「なら、うちが影野って呼んだらおかしいか」
そう。気になっていたのはそこ。
2人とも"影野"だから。
「じゃあ……"涼蜜"って呼んでもいい?」
思い切ってそう口にしてみた。
「えっ、あっ、はい!」
影野……涼蜜は、嬉しそうに微笑んだ。
「あ、じゃあ僕も……ひ、陽葵、さんっ……!」
若干プルプル震えている涼蜜。
やっぱり可愛い……。
「お互い敬語やめにしない?堅苦しいし、親に仲良いアピールするんでしょ?」
「わ……わかり……じゃなくて、わかった!」
ニコニコ笑っている涼蜜は、男の子でもすごく可愛かった。


「ご飯、どれかおかわりいる?」
あっという間にぺろりとたいらげた涼蜜にそう聞く。
「ありますか?」
不安そうに瞳を揺らす彼に、多めに作っておいてよかったと胸を撫で下ろす。
「全部あるけど……どれにする?」
「じゃあ……卵焼き」
卵焼きを2切れ取り、小皿にのせて渡す。
「ありがとう、陽葵」
嬉しそうに笑った涼蜜に同じものを返して、グラスに入った麦茶を飲み干した。
「さーてとっ、うちは部活行かなきゃ」
女バレは、先生が代わってからは超緩くなったけど、遅刻だけはめちゃくちゃ怒られるんだよねぇ。
バタバタと支度をして、6時45分になったことを確認。
「行ってきまーす!」
学校に行く途中、うちの友達の深見杏(ふかみあんず)に出会う。
「杏おはよー!」
「ひま!おっはよ〜」
あ、"ひま"っていうのは、うちの愛称ね。
杏は同じ女バレ。ポジションは全然違うけど……。
2人で学校に行き、体育館へ。
「みんなおはよぉ〜」
部活はいつも通り、ゆるーく楽しんで終了。
顧問もニコニコ笑いながらうちらのやるお遊びバレーボールを見つめていた。




うちらの教室、1年1組に入ると、相変わらず男子は騒ぎまくっていて、女子は好き勝手に椅子に座ってお喋りを楽しんでいた。
「あ、来た来た!ひまと杏、おはよ〜!」
「おはよー」
こちらは藍川朔(あいかわさく)。男の子みたいなショートヘアーに、着崩した制服。緩んだネクタイは、男子みたいにだらしなーく見えないから不思議。女の子から超モテモテな、女バスキャプテン。あだ名は"朔王子"。
あとは、築館(つきだて)りお。りおは、まじでおしゃれ。休日はメイクもばっちりだし、こっそり耳にピアスの穴もあけてる。
話し方もお姉さん言葉って言うの?すごく大人っぽい。
これがイツメン!
「朔、寝癖ついてるわよ」
「え?あー、今日ねぼーした」
ふぁぁぁ、と欠伸をする朔に、りおは苦笑しながらスプレーを取り出した。
「ちょっと止まってなさい。ケープで固めてあげるから」
シューッとスプレーを吹きかけて、クシで器用に寝癖を直していく。
「おぉ〜。さんきゅー!」
どうせ部活で崩れるけどなー、と笑った朔に、りおはニヤッと微笑む。
「このケープ最強だからね〜。朔がどれだけ暴れても多分崩れないわよ」
「ほんとかよ?」
そのとき、ホームルーム開始のチャイムが鳴り、慌てて席につく。
担任が入ってきて、つまらない話をBGMに窓の外を眺める。
なんとなく廊下側の席を見ていると、担任の話をバカ真面目に聞いている人が。
こんなナルシスト教師の言うことなんて、聞く人いんの……!?
まじまじとその人を見つめる。
……す、涼蜜……!!
何をしてんの!?
こんな人の話なんて聞かなくていいんだよ……!
「よし、じゃあホームルーム終わり。1時間目の準備しとけよ〜」
担任が出て行くと、またバカ騒ぎに戻るうちら。
筆箱だけでも出しておくかぁ……。
そう思って、机の中をがそごそと漁ったとき。
……あ。やばい。
筆箱、忘れた……!!
もともと、かなりのおっちょこちょいなうち。
2ヶ月に1回は筆箱を忘れるというアホっぷり。
あわわわわ、どーしよー。
とりあえず、3人に相談しよう。
うちが席を立った瞬間。
カサッと紙の切れ端が目の前に落とされた。
なんだろ……まぁ、きっと男子がふざけて投げたとかだろうなぁ……。
とりあえず、拾ってあげよう。
手を伸ばして紙を拾い上げる。
中身……見ちゃおうっと。
四角く折りたたまれた紙を開く。
意外と綺麗なたたみ方……。
呑気にそう思いながら内容に目を通していく。
『陽葵へ』
……っ!?
『筆箱を家に忘れて行ったらしいから、今陽葵の手提げに入れといた。帰ったらおばさん(お母さん?)にお礼言っときなよ。涼蜜』
えぇっ!?
慌てて横に引っ掛けておいた手提げを漁る。
……あっ!!
間違いなく、うちの筆箱……!
慌てて涼蜜を目線で探すと……。
うちを見つめていたらしい涼蜜が、ちょっと怒ったような顔をしていた。
うわわ、申し訳ないっ……!
もしバレたらどうする、とか色々考えながらこっそり入れてくれたんだろうな……。
ジェスチャーで"ありがとう"と伝える。
涼蜜はこくりと頷くと、また前を向いて、分厚い本のページをめくり始めた。
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