根暗陰キャ君と、同居することになりました。

誤解【side涼蜜】

沈黙……沈黙……沈黙……。
重たい空気が、僕にのしかかっています。
どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
現実逃避、という名目で自己紹介をしておきます。
僕は、影野涼蜜。15歳です。
同じクラスの朝比奈陽葵さんのお母さんと、父さんが再婚して、彼女と兄弟になりました。
少し複雑ではあるものの、父さんとの再婚に反対はしませんでした。
母さんと離婚してから、ずっと暗い顔をして暮らしていたから。
父さんに交際している人がいるって伝えられたときには、父さんの笑顔が戻っていて。
また、父さんの笑顔が見られるのなら。
僕は笑って頷きました。
まさか同居することになるとは思いもしなかったですが。
最初陽葵は僕に対してすごく素っ気なくて、僕が萎縮してしまうくらいには怖かったです。
だけど、少しずつ打ち解けてくれて。
キャンディーもくれて。まだ大事にとってあるんですよ。
そんなときに、全てをぶち壊した。
隅風草汰。
この名前には聞き覚えがありすぎる。
単刀直入に。彼は、僕の双子の兄です。
"隅風草汰"というのは、いわゆる芸名。
彼はアイドルをしているから、本名を隠しているらしいのです。
本名は、影野涼珠、といいます。
涼珠とは2卵生で、全くと言っていいほど似ていません。まさに、"正反対"という言葉がピッタリな。
アイドル性があって、女子にもモテる。好感も持たれやすいし、顔も整っている兄と、
根暗陰キャで、前髪は伸ばしてマスクをしていて、大きな黒縁メガネ。話し声も小さい弟。
どちらを好むかなんて、一目瞭然でした。
例えるなら、涼珠は日向側、僕は日陰側の人間。
ただ双子に生まれただけの赤の他人だ、と。
そんな兄とは、別々の高校に進学するつもりでいました。離婚、ということになったのはラッキーです。
母さんはもともと、涼珠の方が好きだったので。それは、子供ながらにも、雰囲気で伝わってくるものなんです。
涼珠をアイドルにしたいと言い張ったのも、母さん。誕生日には、涼珠にはメイク道具で、僕には国語辞典だったので。
そんな状態を見かねて、父さんは母さんにブチ切れて。離婚することになった。
離婚してからの2人の行方は知りません。
連絡を取ろうとも思わないし、いらないと思っていたので。
そんな中、久しぶりに兄から連絡がきました。『お前がが同い歳の女の子と暮らすことになったってマジ!?』
はぁ……。一体どこから聞きつけたのか……。
ため息が零れそうになるのを堪え、返信します。
『急に何?』
我ながら、素っ気ない……。
『いや、質問に答えろって』
『どうなの?』
立て続けにメッセージが送られてきて、ちょっとウザくなってきました。
『そうだけど』
イラついた僕は、ついそんなメッセージを送ってしまいました。
すると。
『えぇ、マジで!?』
『うわー、ケダモノー!!笑』
僕は既読無視で無理やり会話を終わらせようとしましたが、相手は陽キャ。敵うはずもありません。
『今からその子にメッセ送るわwww』
は?と口から出そうになるのを堪え、メッセージを返す。
『何言ってるの?』
『キレてんの?めずらしーw』
軽くあしらわれて、それ以降、何を送っても既読がつかなくなりました。
兄は、やると決めたことは、絶対にやり遂げます。
"陽葵が危ない"と思った僕は、慌てて陽葵の部屋へ向かいました。
扉をノックして、名前を呼んで。
びっくりした様子の陽葵が出てきて、どうしたの?と言ってくれました。
僕は口からでまかせを言って、陽葵のスマホを受け取ります。
案の定、メッセージがきていました。
『ひまちゃんって言うの?俺、アイドルの隅風草汰っていうんだ!よかったら仲良くしない?』
っ……くそ兄貴……!
即座にメッセージを削除して、受信拒否からのブロックします。
カモフラージュとして、適当に"今日のニュース"と調べておきました。
「ありがとう」
スマホを返すと、不思議そうに受け取る陽葵。勘づかれたかもしれないけれど……仕方ない、と割り切るしかありません。
さっさと自室に戻り、適当な小説を引っ張り出して、読んでいるフリをします。
陽葵は勘が鋭そうだから、すぐに気づいてしまうと思ったからです。
案の定、部屋のドアがノックされました。
開けると、そこには鬼の形相をした陽葵が。
これは地雷を踏んだかもしれない。
僕は呑気にそんなことを考えていました。
数分後、大喧嘩になるとも知らずに。




そして、今に至ります。
目の前には無言の圧力を掛けてくる父さん。
全ての原因は涼珠だというのに……。
全部知ったら、父さんは大激怒のはず。
だけど。
自分の連絡先を教えてもいないのに、友達追加されたと知ったら。しかも、その内容がナンパだと知ったら。
陽葵が更に傷つく未来が見えていたから。
僕は黙り込むことにしました。
僕がどうなってもいい……陽葵だけは。
僕はいくら家族でも、他人にスマホは絶対に貸せない。
純粋な、素直でいい子が、あんなヘラヘラしている奴に傷つけられるなんて。
そんな理不尽、あってはならない。
「涼蜜」
低い低音が響く。
「少し、頭を冷やしなさい。このまま、誤解が解けなくてもいいのか」
そう言い残し、父さんは部屋を出て行った。
誤解が解けないまま、か……。
やっぱり、親にはお見通しなのかもしれない。
そんなとき、不意にスマホが震えました。
見ると、"涼珠より、1件のメッセージ"と表示されています。
『ブロックされちゃったわ〜』
『まぁ替えの女なんていくらでもいるし、別にひまにこだわってたわけじゃないしな〜笑』
『ってなわけで!じゃーなー!!』
『陰キャ人生楽しめよ!!!』
ニヤニヤした顔の絵文字つき。
立て続けにおやすみのスタンプが送られてきて、とりあえず留まりをみせたトーク画面。
この、クソ兄貴……。
母親があんなだから兄さんの性格もねじ曲がってしまったのかもしれないけど、ここまでくると天性ものだと、つくづく思います。
なんでこんな人と血の繋がりがあるのか……と悔やんだことも、少なくはありません。
本気でDNA検査をしようとしたことだってあります。怖くて結局出来なかったけれど。
ひとまずスマホの電源を切ることにしました。またメッセージがきたら面倒くさいからです。
ソファーから立ち上がって、リビングに向かいます。
とりあえず水を1口飲もうと、コップを取って麦茶を注ぎ入れます。
朝比奈家の麦茶は、香りが良くて、ほんのり甘くて、美味しいんです。
全部飲み干すと、きちんと水でゆすぎまます。清潔なタオルで水気を拭って、乾かす場所へ置いておきました。
よし。とりあえず、陽葵に連絡しないと。
誤解を解きたい。
自分勝手なのは重々承知しています。
けど。
父さんのため。光莉さんのため。陽葵のため。自分のために。
そっとメッセージを送りました。
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