君のいない明日を君と生きる
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スケッチブックを抱えながら廊下をのんびりと歩く。学校に着いてからあっという間に一時間が経過している。美咲と会話をしながら私はスケッチブックに彼女の横顔をデッサンしていたが、それも完成したため席を立った。学校を回ってくると一言伝え美術室を後にし、美術室から自分の教室までの道のりを進んだ。
流石に誰もいないだろうと思いつつも開けっ放しになった後方の扉から教室を覗くと窓際の席に座る一人の後ろ姿があった。その人物は時折グラウンドを見ながらも手元のノートに何かを書いている。
湊斗だ……
見間違う訳もないその姿にドキッとする。こちらに気付く様子は一切ない。少し驚かせてやろうと、足音を立てないよう静かに近づく。
「湊斗、おはよ!」
背後から声をかけると湊斗は肩をビクリと大きく震わせ振り返った。
「紬かよ。おはよう」
想像通りの反応に満足し、私は湊斗の前の席に座る。
「また練習ノート書いてたの?」
サッカーがもっと上達するように湊斗はノートを持ち歩きよくメモしていた。今もそれを書いていたのだろうと机に目を落とす。開かれたままになっていたノートに書かれていた言葉が目に飛び込む。
「えっ……」
湊斗は私の呟きにハッとしてノートを閉じる。一瞬だったがノートには何か調べたことがまとめられていたのがはっきり分かった。そのページの中にあった、とある言葉ははっきりと読めてしまった。
「ごめん、勝手に見ちゃって。これって……」
自分でも語尾に行くにつれて声が小さくなっていると分かった。でも、この言葉を見て見ぬふりなんてできない。なぜか嫌なほど胸騒ぎがした。
「見えちゃったよね。俺……」
ひどく長く感じる沈黙の後、湊斗が口を開いた。
「俺、残り二か月しか生きられないみたい」
「二か月って……」
湊斗から告げられた言葉に頭の中が真っ白になる。目が合っているはずなのに、彼の瞳は感情が読み取れないくらいどこか遠くを見ている。
「今日は休部するって伝えるために来ただけだからまさか紬に会うなんて思わなかったよ」
湊斗は重い空気を変えるようにヘラりと笑いながら言う。
「休部って」
「もうサッカーも無理そうだから。本当は退部しようと思ってたけど悠真に止められてさ」
「悠真くんは知ってたんだ」
「昨日、ね。家族と悠真しか知らないよ」
悔しいはずなのにそんな姿を一切見せず続ける湊斗を見て泣きたくなる。
一番つらいのは湊斗だから、泣くなんてダメだ
少しでも気を緩めると泣いてしまいそうで唇を噛む私に気付き、湊斗は声のトーンを上げる。
「重い話してごめん!忘れて」
そう告げると、乱暴に荷物を抱え教室から去ってしまった。その後ろ姿をただ呆然と見つめることしかできず、引き留めたとしても何を言えばいいか分からない、そんな自分に嫌気がさした。
湊斗が去ってから十五分が経過し少し冷静になると、美咲に一言告げ家に帰る。自室のベッドに横になり落ち着こうとするが湊斗の言葉がいつまでも頭に残る。
――俺、残り二か月しか生きられないみたい
何時間、横になっていたのだろう。スマホを見ると何件もの通知が溜まっていた。美咲からの心配の声と湊斗からのメッセージ。
湊斗の方が何倍もつらいはずなのに……
私は決めた。湊斗のやりたいことを叶える、と。たとえ残り二か月だとしても湊のそばにいたい。一秒でも、一瞬でも長く一緒に生きたい…たった
湊斗のノートに一瞬見えた死ぬまでにやりたいことリスト。叶えるだなんて私のエゴにすぎないけれど自分にできることなんてそれくらいしか思いつかない。読めたのは最初の一つだけ、まずはそれから叶えようとメッセージアプリを開き湊斗、美咲、悠真くんにそれぞれ連絡をした。