君のいない明日を君と生きる
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一日中映画を観た日から二週間が経過した。自室の勉強机に置いてあるスケッチブックをめくると白黒で描かれた人物画が綴られている。二週間の間に私たちは色々なことをした。毎日のように会って、たまには美咲や悠真くんも一緒に食べ放題に行ったり、電動キックボードで町を走ったり、日の出を見に行ったり。思い出すだけで楽しくて、ただ充実した夏休みのように感じる。しかし、悠真くんもいると際立つ夏らしさを感じないほど真っ白な肌やサッカーをしていたときに比べるとかなり細くなった身体に現実を突きつけられる。
私は二週間前から家に帰るとすぐにスケッチブックを開くようになった。その日の湊斗を思い出し丁寧にその姿を描き起こす。何も残したくないと言った湊斗を残すために、最初は特徴は捉えているものの拙かった絵も今ではかなり良くなっていると思う。
「今日は浴衣姿かな」
自分の来ている浴衣をそっと撫で呟く。
「それにしても、本当にこれでいいのかな」
スマホを手に取るとメッセージアプリを開き、三日前にやり取りしていた相手のトーク画面を開く。最後に相手から来たメッセージは『夕方の六時に神社前ね!』というものだ。少しスクロールしてその前の会話を見ると、湊斗が夏祭り行きたいと言っていたこと、当日に自分は用事があるから二人で行ってきてということが書かれている。悠真くんからのメッセージだ。協力してくれるといった日から以前より頻繁に連絡を取るようになり、こうして湊斗がやりたいことを共有してくれる。
夏祭りくらい私に行ってくれると思ってたんだけどな
夏祭りに行きたいということは私は聞いておらず、本当に言っていたのか疑ってしまう。言ったつもりでいたのかもしれないと私は叶えるつもりだし、もし言っていなくても私が行きたい。悠真くんは自分が行けないことが申し訳ないのか私と湊斗に連絡を取ってくれて、集合場所や時間も決めてくれていた。『せっかくだから浴衣にしよう』と提案までして、『湊斗も浴衣着させるよ』と言っていた。
湊斗と会うのにどこかで待ち合わせするなんて久しぶりだなと思いながら下駄に足を通す。玄関のドアを開けても湊斗の姿はなく、神社までの道には同じように浴衣を着たグループや家族がちらほらといる。
待ち合わせの神社に着くと境内に浴衣を身にまとった湊斗が見える。遅刻したかなとスマホで時間を確認すると十七時五十三分と表示されている。
「湊斗、おまたせ」
小走りで向かうとこちらに気付いた湊斗は一瞬目を見開き笑顔で軽く手を振る。
「早かったね。湊斗の浴衣レア!」
「さっきついたとこ。浴衣、似合ってるね」
湊斗の言葉に顔が熱くなったのを感じ、誤魔化すように「じゃあ行こう」と祭り会場の方に一歩踏み出す。
「あれ、悠真たち待たないの?」
「用事あるからいけないって、聞いてない?」
「……ああ、言ってたわ。」
少しの沈黙の後、「行こうか」と同じように歩き始める。
会場に近づくにつれて人混みになってきて、少しでも油断すると湊斗とはぐれそうになる。「ここ掴んどきな」と差し出された湊斗の浴衣の裾を掴んで何とか屋台にたどり着く。
「たこ焼き美味しそう!焼きそばも捨てがたい!」
久しぶりの屋台にテンションが上がる私の横で「食い意地張り過ぎ」と湊斗が笑う。そう言いつつも湊斗もテンションは上がってて、「夏祭りのかき氷は絶対食べたい」と少し離れた屋台を指さしている。
「とりあえず食べ物買ってどこかで食べようか」
「そうだね、俺静かな場所知ってるよ」
たこ焼きに焼きそば、フライドポテト、かき氷を買い湊斗の案内で移動する。会場から少し離れたそこは、横から雑草が伸びたコンクリートの階段を上がったところにある小さな公園だった。公園には誰もおらずベンチが一つとブランコが二つあるだけだ。
「穴場って感じだね」
「でしょ?花火も綺麗に見えるよ」
ベンチに腰掛け、二人の間に買ってきたものを広げる。湊斗は何よりも先にかき氷に手を伸ばし食べ始める。
「こういう粗いかき氷、たまに食べたくなるんだよね」
「ちょっと分かるかも」
相当楽しみにしていたのか、湊斗はすごい勢いでかき氷を掻き込む。その隣で私はたこ焼きを一つ頬張る。
「キーンってきた!」
「あっつ!」
一口で食べるたこ焼きの熱さに私が苦しむのと同じタイミングで湊斗が声を上げる。勢いよく掻き込んだかき氷で頭が痛くなったようだ。十秒後、二人とも苦しみから解放されると「当たり前でしょ」とお互いの顔を見合わせて笑う。こんなに大声で笑うのはいつぶりだろう、こんなに大声で笑っているのを見るのはいつぶりだろう。
買ったものをすべて食べ終わり落ち着いた時間を過ごす。なんの話題も用意していなくても会話に困ることはないし、沈黙の数秒間も苦痛に感じないほどの時間を私たちは一緒に過ごしている。
「あっ、そろそろ花火上がるんじゃ」
時間を確認して言った湊斗の声に被せるようにして、ヒューッドーンと花火が打ちあがる。湊斗の声を遮った花火に続けて一つ、また一つと絶え間なく打ちあがっていく。
「綺麗……」
思わず声に出してしまうほど夜空には鮮やかな花が咲き誇っている。目だけ横を向き湊斗を見ると、目に焼き付けるように花火を見つめ、時折噛み締めるように目を瞑っている。
「好きだよ」
十分が経って最後に打ちあがった特段に大きい花火に被せて呟いた。一番大きな音の花火で届いたかは不明だ。パラパラと最後の花火が散り辺りが静かになると、湊斗は瞑っていた目をゆっくりと開きこちらを向く。
「じゃあ、帰ろうか」
ベンチから立ち上がり私に自分の袖を差し出す。私は今できる精一杯の笑顔で頷き、袖を掴み隣を歩き始める。
「ありがとう。また明日」
聞きなれた別れの挨拶に手を振り返し家に入る。手洗いもせずに自室に入ると出しっぱなしのスケッチブックの空白に鉛筆を走らせる。涙が出そうになる目を擦りながら、鮮明に湊斗の姿を残せるように丁寧に描く。
明日も会えるから、早く寝よう
描き終わった絵を優しく撫で、スケッチブックを閉じる。入浴や歯磨きを終え部屋に戻ると、予定を見直してベッドに入る。明日も湊斗が笑えるように、そう願って眠りについた。