わたしの大切なおとうと

【第四章.赤いメガネの少女】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。
 全てが明るいこの部屋で、わたしはせっせと忙しい。

「こんにちは。ご機嫌はいかがですか」

 いつもの赤い縁のメガネのカウンセラーさんが、いつものように聞く。

「また来たの。わたし、今いそがしいんだけど」

 かたかたかたかた。

「……何にって? 見てわかんない? 今ね、かいちゃんの、ちっちゃなお洋服作ってるの。最近編み物にはまっててさ。もうすぐ帰ってきてくれるから。もうすっかり寒いでしょ? セーターでも作ってあげようかなって」

 かたかたかたかた。

「どんな、セーターでしょう」
「ピンクのね、くまの柄のセーター。昔からね、かいちゃんのトレードマークなんだ。……けっこう、難しいんだよ? このくまちゃんのね、なんとも言えない表情を作るのが……ほら、見て! 割とうまくいったと思わない? ……ねえ。ねえったら」

 かたかたかたかた。
 ふう。先生が息を吐く。そして、笑顔で聞いてきた。

「どこから、帰ってくるのでしょう」
「どこからって……そりゃあ……」

 かたかたかたかた。

「どこでしょう?」
「なんだっけ。ほら、あそこよ、あそこ。……なんだっけ」

 かたかたかたかた。

「それがどこだか、答えることができますか」
「あー、ほら、あそこだよ、あそこ。えーと、んーと……」

 かたかたかたかた。

「荒浜さん」
「あーっ! うっさい! うっさい! うっさいんだよ!」

 がんっ、がんっ。

「乱暴はいけません」
「うるせえ、あそこっつったら、あそこなんだよっ! あたしのかいちゃんは、あそこからもどってくるんだよっ」

 どがんっ。がんっ。

「どこだか、わかりますか」
「しつけえんだよっ、かいちゃんが驚くだろ、静かにしろよっ」
「どうして、驚くのでしょう」
「そりゃあ、だって、ここに……わたしのここに……」
「もう一度ききます。どこにいるのでしょう」
「……かいちゃん……? かいちゃんっ? ねえ、かいちゃん、どこへ行っちゃったんだっけ。ここに、あたしのここに居たはずなんだけど! ねえ、そこの赤いメガネのあなた。かいちゃん、どこへ行ったかしりませんか。……ねえ、聞いてんの? ねえ。ねえったらぁーっ!」

 どがん。からんからん。

 かたかたかたかた。

 ……

「……落ち着かれましたか」

 ……

「ねえ、返してよう。わたしのかいちゃん、返してよう。ひっく……ぐすっ……ねえ、返してよう……ねえ……」
「今日はここまでにしましょう」
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