わたしの大切なおとうと
 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。
 全てが明るいこの部屋で、わたしはぼんやり上を向いている。

「なにが、見えますか」

 赤い縁のメガネが良く似合う、カウンセラーの先生が、いつものように聞く。

「おうちのあるマンション。なんか人が集まってる」

 かたかたかたかた。
 わたしには見える。たくさんのひとが。物珍しそうにあつまって指を指すひとびとの群れが。

「今は、いつですか」
「わかんない。夜だね。赤いくるま……消防車が沢山来てる。……火事だ。おうちが。おうちが燃えてる。ぷっ。ふふ。ふふはは。あははは」

 かたかたかたかた。
 わたしには見える。花火みたいな、洪水みたいな炎が、ベランダを舐めて真っ赤なその舌をべろんと出しているのが。

「どうされましたか」
「あはははは、だって嬉しいんだもん。かいちゃんを取り上げようとするひと、みんないなくなっちゃったから」

 かたかたかたかた。
 わたしには見える。焼けこげたみっつのかたまりが、担架に載せられて運ばれていくのを。そのひとつに、包丁がささっているのが。

「みんなって、それは誰ですか」
「……みんなは、みんなだよ。あははは、みんな、みんな死んじゃったよ、あはははは!」

 かたかたかたかた。……たんっ。

「荒浜さん? ……荒浜さん?」

「あはははは! あーっはっはっはっは! きぃゃぁあああ!」

 わたしには見える。ひとりぼっちに、本当にひとりぼっちになって、夜の幹線道路の車道を彷徨うわたしが。

「はあ、はあ、はあ……」

 わたしには見える。制限速度を大幅に越えた銀のクーペの運転手のおばさんが、ほんの一瞬、オーディオをいじっていて前を見ていなかったのが。

「落ち着かれましたか」
「……はあ。あー、可笑し……ふふっ」

 わたしには見える。二度とは起きない奇跡をせっかく手にしたのに、それを文字通りに自らつぶす、そんなわたしが。

「あははははは! もう、可笑しいったらないわ、あっははははは!」
「今日はここまでにしましょうか」

 わたしには、見える。
 わたしには、見える。

 たったひとりになっていく、さびしくてさびしくてしかたない、わたしが。
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