わたしの大切なおとうと
 六月七日。金曜日。午後三時五十分。わたし、十六歳。
 ピンクと紺の帯のとっても速い京王線の特急で稲田堤まで出て、黄色の南武線とオレンジの武蔵野線で西国分寺まで出る。「にしこくマイン」のある方の出口を出て、歩くこと十五分。梅雨真っ盛りで蒸し暑くて湿っぽい空気がまとわりつく。夏服だから半袖だけど、学生カバンを肩にかけて歩くと、嫌でも汗ばむ。それでも、お母さんの入院している、多摩総合医療センターに片道一時間をかけて、こうしてわたしは毎日通う。
 毎日行くから、交通費だって安くない。でもお父さんや、大嫌いなおばさんから貰う気にはなれなかった。だからバイトを始めた。生まれて初めての初給料で買ったのは、一万七千円の「南大沢・西国分寺」と書かれたピンクの定期券。それでもいい。大好きなお母さんの為だもん。定期代の為のバイトも、苦じゃなかった。

 それ自体がひとつの大きな街みたいになった、「多摩総合医療センター」は駅から遠い。そして、遠くからでも見える。巨大な病棟が沢山くっついて力を合わせて、消えゆく命を必死に守ってる。もちろんエントランスも、信じられないくらい広い。二階まで吹き抜けになっている。面会票にいつもみたいに記入して精神科のある棟まで行って、エレベーターを呼ぶ。ちん。すぐ来た。出ていく看護師さんやお見舞いのひとと入れ替えに、ボタンの前に立って六階を押す。間もなく、六階に着いてエレベーターのドアが開く。右に曲がって、三つ目。……六階の三号室。「蒼井ようこ」と書かれたドアの前に立った。
 こんこん。入るよ。そう言って引き戸を引いた。

「かいちゃん!」

 お母さんはわたしを見るなりベッドの上で叫んだ。

「こんな遅くまで、どこに行ってたのっ」

 可哀想に。やつれてしまって、髪もぼさぼさ。小さい頃から知っているお母さんは、胸も大きくて、もっときれいなひとだった。
 そんなお母さんの言葉に、わたしは笑顔で答える。

「ごめん、学校行ってた。楽しかったよ」

 見ると、三時のおやつ──お砂糖のかかったまるいドーナツ──に手をつけていない。

「お母さん、お腹減った。いっしょに食べよう?」

 わたしは枕元の椅子に座って、ドーナツを半分にちぎった。
 お母さんは下を向いて、恥ずかしそうに笑った。

「お母さんはね。かいちゃん、あなたがどこかに行ってしまったんじゃないかと思って、喉を通らなかったの」
「大丈夫。()()はどこにもいかないから。……ね? 安心して」

 わたしは、かいちゃんみたいに笑った。
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