わたしの大切なおとうと
 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。
 全てが明るいこの部屋で、わたしは両手で肩を抱いている。

「なにが、見えますか」

 赤い縁のメガネが良く似合う、カウンセラーの先生が、いつものように聞く。

「バイト先のトイレ。あいつが立ってる」
「誰でしょう」
「あいつは……あいつだよ。バイト先の……こっちは気持ち悪くて気持ち悪くてたまらないっていうのに。何度も何度も。……最悪だよ、ちくしょう……う……気持ち悪くなってきた」

 全身に鳥肌が立つ。動悸がして、震えがとまらない。わたしを穴の空いた人形くらいにしか見てない、寒気のするあの暗い虚ろな目。

「ごめ……きもちわる……おええっ……げえっ……」
「大丈夫ですか」
「だいじょうぶなわけ……ごほっ……うええっ……ないじゃんっ……げっ……」

 ……

「落ち着かれましたか」
「……まあ、ね……」

 真っ白で綺麗なはずの、先生といるこの場所の、床。

「続けても大丈夫ですか」
「……いいよ。別にもうあきらめてるから」

 でもそこは、わたしの吐いた汚いものでよごれている。

「何をあきらめてるのでしょう」
「言葉通りだよ。わたし、別にあれが初めてじゃないの」

 綺麗にみえるのに、とてもキタナイ。

「それは初耳です」
「知りたいなら教えてあげるよ。わたしさ、汚れきってるんだよ。ずっと、ずっと。あの時から」

 それは、わたしと、おんなじだ。
 汚くてキタナクテ、嫌で嫌でたまらない。
 わたしは、わたしは。

「どの時でしょう」
「……あれ。いつからだっけ?」

 もう思い出せないくらい昔から。

「思い出せそうですか」
「あ、うん……そうだなあ。よくわかんないけど……んーと、ねえ」

 わたしはずっと、要らない子だから。

「おねえちゃんだもんな。守れるよな? おとうとのこと……って、なに?」
「……? なんでしょうか。初めて聞きますね」

 わたしに染み付いて、消えない言葉。

「夢に見るんだよ。毎日のように。聞こえるんだ。それが」
「夢の中で、言われるんですか? もしかしたら、なにか経験していることなのかもしれませんね」

 だから、守らなきゃいけない。わたしの大切なおとうとを。

「そか、思い出してみようかな。少しづつ」
「ゆっくりで、構いませんよ」
「そうねえ。じゃあ、かいちゃんが死んじゃう前から、話してみるよ」
「よろしくお願いします」
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