わたしの大切なおとうと

【第五章.令和五年】

 令和五年四月十六日。日曜日。午前八時二十五分。わたし、十五歳。かいちゃん、十四歳。
 ちゅっちゅ。この歳になってもわたしは指しゃぶりが治らない。
 ピピピピ。
 うーん。
 朝日が眩しい。……も少し寝てたい……
 ピピピピ。
 んー……八時二十五分? ……! いけない、寝坊したっ。今日はかいちゃんに誘われて、中学のサッカー部の試合見に行くんだった。スマホのアラームを切って、急いで制服に着替える。おろしたての、わたしの高校の制服。わたしもようやく、憧れの「女子高生」になったんだ。この制服に袖を通す度、そう思えて嬉しい。
 試合開始は、十時。かいちゃんの待つ小平まで、一時間はかかる。寝癖をなんとか直して、わたしのトレードマークのハーフアップにして。おばさんったら、要らないっていうのに、時間ないって言ってるのに。わざわざトーストなんか焼いて。でも、好意はありがたく受け取って、きつね色になったパンをかじって。わたしはあわてて家を飛び出した。
 乗り換え案内を、駆け足で駅に向かいながら調べる。八時五十七分の電車? やばい、あと八分しかない。わたしは走った。体育は苦手だけど、走るのは苦手じゃない。遊歩道を歩くひとたちを、軽やかに追い抜いた。

 ……

 南大沢で待っていた京王線の快速には、なんとか間に合った。そのまま乗り換え案内通りの電車に乗り換えて、ぎりぎり時間内に新小平に着いた。
 それでも、着いたのは九時四十八分。徒歩圏内のかいちゃんの中学校まで、また走ることになった。

「お姉ちゃん、おそーい」

 集合場所の中学校の校門前で、かいちゃんが膨れている。

「ごめんごめん、寝坊しちゃって」
「うちのラインにまた返事くれないし。お姉ちゃん、ライン見なさすぎ。……もう、始まっちゃうよー」

 小平の、かいちゃんの中学校の制服。「女子用」の、セーラー服に身を包んだ、世界でたったひとりだけのわたしのおとうと。わたしより少し背が低い。そんな可愛い可愛いおとうとの髪を撫でてあげる。少し長めのウルフカットが、良く似合う。

「よしよし、可愛いおとうとめっ」
「もう」

 かいちゃんは膨れながら、頬を赤くする。

「誤魔化す時は、いつもそれ」
「大好きなんだもん、かいちゃんのこと」
「言い訳になってないよ?」
「ふふ。今度、またマルイにお洋服、買いに行こっか」
「……うん。可愛いワンピース、また見つけたんだ」
「お姉ちゃんが見てあげる。かいちゃんに似合うかどうか」
「はいはい。うちはお姉ちゃんの許可がないと買えないもんねー」
「そうじゃないよ、お姉ちゃんはただ、見繕ってあげてるだけ」
「わかってる。……あ、もうすぐ始まる」
「そか、じゃ、いこっか……ほれ」
「ん……こっちだよ」

 わたしは可愛いおとうとと手を繋いだ。ふたりで外にいる時は、いつもこうしてあげるのだ。そうして、わたしたちきょうだいは、中学校の校門をくぐった。
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