わたしの大切なおとうと
 令和六年。六月五日。水曜日。午後零時三十五分。わたし、十六歳。かいちゃんは、もういない。
 みんな大好きお弁当の時間。
 みんな仲良しグループ作ってる。
 わたし? わたしはひとりだよ。お友達、いないからね。
 青春の全てを、おとうとに捧げてきましたから。

「見てよ、荒浜さんの、あれ」
「やばいよね、ぜったい太ってるとかじゃないっしょ」
「相手誰?」
「なんかサッカー部の一年の相手、してるらしいよ」
「聞いたんだけど、この前サッカー部の部室でヤりまくってたらしいよ、全員と」
「しってるー、それ、見たって、言ってた。ね、紗綾?」

「だよねー。荒浜って、まじキモイわー。無理無理、尻軽にも程があるっしょ。ド淫乱とか、不潔すぎ」

 あのー? 全部聞こえてるんですけど。
 誰が尻軽? 誰が淫乱?
 わたし、おとうとを守りたいだけなんだけど。そりゃあちょっとひととは違うけれど。そのおとうとも、死んじゃってもういないけれど。

 わたしは、ただ、おとうとを愛したかっただけなんだ。

 それを舘野紗綾。
 あんたがわたしをきらいなの、知ってるよ?
 けどいくらわたしの事きらいでもさ。わざわざそんな大声で、みんなの前で……さ……

 あれ。まただ。みんなのお弁当のにおいが、やばい、吐きそう。吐き──

「う、うええっ……」

 がたんっ。

「げえっ……おええっ……」
「おい、荒浜ー、みんなの食事の前でなんだよー」
「ごめ……」

 床に吐き戻すわたしは、トイレに行こうと立とうとしてバッグに手が当たった。間の悪いことに、学生カバンのチャックは全開だった。
 がたん、ばらばらっ。

「おいおい、なんだよそれ!」
「マジかよ、荒浜がヤ〇マンってほんとだったんだ!」

「〇.〇三」と書かれた銀色の箱を五つ、みんなの前でばらまいた。ひとつの蓋は開いていて、おもいっきり()()がびらびらと飛び出した。

 ぎゃはははは!

 ひとが気持ち悪くて吐いているのに、このクラスのみんなはとっても冷たい。
 ……なによ。みんなして。しらないの? 習わなかった? 避妊って、とってもだいじなんだよ?
 わたしは気持ち悪くて立てないし動けない。
 そこに舘野紗綾がやって来て、わたしの前でしゃがんだ。スカートが短いから、おもいっきりぱんつを見せながら。

「荒浜なぎささーん? はっきり言うね? あんた、妊娠してんじゃないですかー? 相手だれよー? ねー、知りたいよねー、みんな?」

 妊娠……わたしが?
 そか……

 そうか!

「ふ……くふっ……ふふふふ」

 わたしはゲロまみれの口で、歯を見せて笑った。

「そっかあ、かいちゃん、帰ってきてくれたんだぁ……」
「……? なにぶつぶつ言ってんのよ」
「あっはははははは! ありがとう、紗綾! わたし、わたし、かいちゃんのおかーさんになるんだー! はははははっ」

 どたん。わたしはかけ出そうとして、自分のゲロに滑って転んだ。

「あははははっ! はっはははは!」
「……だめだ、コイツ。イッちゃってるわ、アタマ」

 紗綾が両手をあげて、首を傾げる。
 わたしはそんなのには構わず、大きくなったお腹を抱えて、笑った。ゲロとコンドームにまみれながら。
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