わたしの大切なおとうと
【第六章.迷子のいのち】
「思い、出しましたか」
しゃわしゃわセミが鳴いている。だからたぶん夏なんだろうと思う。ちゃぽん。コイも元気に跳ねている。すいすい。カモも気持ち良さそうに泳いでる。
でも……わたしはわからない。今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
真昼の小山内裏公園。ちゅっちゅ。この歳になってもわたしは指しゃぶりが治らない。わたしは、足にも腕にも包帯もギプスもしていない白鷺みそらさんといっしょにベンチに座っている。
「先輩が命日だと思っていた日にはまだ、かいりは生きていた。命日なんかじゃない。かいりの……心が壊れた日だった。先輩が彼氏だと思っていた男の子は、かいりの想い人で、先輩から見たらただの。……セフレだった。そして先輩のお腹には……」
彼女が視線をおろす。わたしのもう誰が見てもわかる大きく張り出したお腹を、見ている。
わたしは嬉しくて嬉しくて、はしゃいだ。
「かいちゃん! かいちゃんがいるのよね?」
「いいえ、荒浜先輩。その子の父親は……」
「父親……ああ、かいちゃんの?」
わたしは、人差し指を下唇につけて、考える。
「んー、そうねえ。……うん、お父さん! お父さんだよ!」
「……先輩」
なにか、白鷺みそらさんは言いたげだ。
「森田りく君がだめだった。このままじゃかいちゃん、可哀想。だから少し不本意だけどぉ……」
でも、わたしは構わず続ける。いま、わたしに大事なのはこのお腹の中のかいちゃんだけなのだから。
「かいちゃんのお父さんは、荒浜としひこ。わたしのお父さんにする! わたしたちきょうだいだしね、わたしのお父さんってことは、かいちゃんのお父さんでもある訳だしね。わたし、今度こそかいちゃんを幸せにするんだー。……ねえ、かいちゃん……? 早く出ておいでー? お姉ちゃんも、お父さんも待ってるからねぇー」
わたしはお腹を優しくさすった。それはまるで、泣いているおとうとを……かいちゃんをなでるみたいに。
「はあ。……まあ、いいです。まだ全部は思い出してないんですね」
なんだか冷たい調子だ。なんでかなあ。教えてよ。
「うれしくないの? かいちゃんが帰ってきてくれること」
「嬉しいですよ。私だって、かいりが大好きですから」
彼女はそう告げて、ベンチを立った。
「それでは。また来ます」
そしてわたしに背を向けると、歩いて小山内裏公園を後にした。
しゃわしゃわセミが鳴いている。だからたぶん夏なんだろうと思う。ちゃぽん。コイも元気に跳ねている。すいすい。カモも気持ち良さそうに泳いでる。
でも……わたしはわからない。今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
真昼の小山内裏公園。ちゅっちゅ。この歳になってもわたしは指しゃぶりが治らない。わたしは、足にも腕にも包帯もギプスもしていない白鷺みそらさんといっしょにベンチに座っている。
「先輩が命日だと思っていた日にはまだ、かいりは生きていた。命日なんかじゃない。かいりの……心が壊れた日だった。先輩が彼氏だと思っていた男の子は、かいりの想い人で、先輩から見たらただの。……セフレだった。そして先輩のお腹には……」
彼女が視線をおろす。わたしのもう誰が見てもわかる大きく張り出したお腹を、見ている。
わたしは嬉しくて嬉しくて、はしゃいだ。
「かいちゃん! かいちゃんがいるのよね?」
「いいえ、荒浜先輩。その子の父親は……」
「父親……ああ、かいちゃんの?」
わたしは、人差し指を下唇につけて、考える。
「んー、そうねえ。……うん、お父さん! お父さんだよ!」
「……先輩」
なにか、白鷺みそらさんは言いたげだ。
「森田りく君がだめだった。このままじゃかいちゃん、可哀想。だから少し不本意だけどぉ……」
でも、わたしは構わず続ける。いま、わたしに大事なのはこのお腹の中のかいちゃんだけなのだから。
「かいちゃんのお父さんは、荒浜としひこ。わたしのお父さんにする! わたしたちきょうだいだしね、わたしのお父さんってことは、かいちゃんのお父さんでもある訳だしね。わたし、今度こそかいちゃんを幸せにするんだー。……ねえ、かいちゃん……? 早く出ておいでー? お姉ちゃんも、お父さんも待ってるからねぇー」
わたしはお腹を優しくさすった。それはまるで、泣いているおとうとを……かいちゃんをなでるみたいに。
「はあ。……まあ、いいです。まだ全部は思い出してないんですね」
なんだか冷たい調子だ。なんでかなあ。教えてよ。
「うれしくないの? かいちゃんが帰ってきてくれること」
「嬉しいですよ。私だって、かいりが大好きですから」
彼女はそう告げて、ベンチを立った。
「それでは。また来ます」
そしてわたしに背を向けると、歩いて小山内裏公園を後にした。