わたしの大切なおとうと
「妊娠されています。二十八週ですね。体重は……千二百グラム。……男の子ですねえ」
「え、それじゃあ、もう……あの……」
「堕胎ですか? ……堕ろせる週数は超えてしまっております。産むしかありませんね」
「そんな……」

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
 お母さんと赤いメガネが素敵な女医さんと、話している。

 ……そんな、って、なに?
 なんでそんなにがっかりするの?
 わたしのかいちゃんだよ?
 嬉しくないの? ……残念だなあ。
 わたしはぼうっと、そんなことを考えていた。

 ……

 そのままタクシーに乗って、かいちゃんの家に帰った。

「二千六百円です。……ありがとうございます」

 かいちゃん家の入る、四部屋しかない小さなアパート。一階の二号室がかいちゃんの家。
 ばたんっ。
 ドアを閉めるなり、お母さんは責めるように聞いてきた。

「相手は?」
「相手、って?」

 わたしは、焦点の合ってない目でぼんやり聞き返す。

「決まってるでしょ。そのお腹の子のお父さんよ」
「お父さん、だよ?」
「……え?」

 お母さんの顔から、怒りの表情が消えた。

「お父さん。だってかいちゃんのお父さんは、お父さんでしょ」

 どんどん顔色が悪くなって、もう真っ青。

「真面目に答えて。そのお腹の子は、誰の子なの?」
「あははは。何怒ってんの? お父さんだってば」

 わたしは、可笑しくて可笑しくてしかたない。

「ふざけないで、そんなわけないでしょ」
「ううん。お母さん。わたしふざけてなんか、ない。かいちゃんのお父さんは荒浜としひこ。わたしの、お父さん」
「じゃあ、なに? ()()()()()、自分の父親と、ヤってたっていうのっ?」

 お母さんはムキになってわたしを責める。けれど、もう現実と妄想がごっちゃになったわたしは、正常に答えられなくなっていた。

「だってお母さん、何度もわたしに言ってたじゃん。ゆきひこ叔父さんと裸んぼでシてる時。わたしみたいな要らない子は、こうやって奪い取るんだって。……何その顔? あっはははは、おっかしー」

 ……そこのあなた。あなたにも見せてあげたいなあ。
 お母さんの信じられないっていう、変な顔。
 あっははは。可笑しいったらないよ。

「わたし、言われた通りにしただけなんですけど?」

 お母さんは真っ青な顔で、口を押さえながらあとずさる。

「ね? お母さんっ」

 そのまま、台所に背中をぶつけた。
 がちゃん。
 ピンクのくまの柄のお皿がいちまい、割れた。
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