わたしの大切なおとうと
 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。
 全てが明るいこの部屋で、わたしはけたけた笑っている。

「なにが、見えますか」

 赤い縁のメガネが良く似合う、カウンセラーの先生が、いつものように聞く。

「真っ赤なたくさんの消防車。真っ赤に燃えたおうち。騒がしい野次馬。……運び出された、黒焦げのお父さんとおばさんとお母さん」
「どんな、気持ちでしょう」

 く。くくく。あはははは。
 わたしは気持ち悪い声を出して笑い始めた。

「さいっこーに、すっきりしたよ。みんな、邪魔ばっかり。……お父さんはさ、わたしのもとからかいちゃんを追い出した張本人。おばさんは、嘘ばっかりのおせっかい女。お母さんは……わたしのことを要らない子だって言った。かいちゃんを取り上げようとした」
「それは、本当ですか」
「本当だよっ!」

 ばんっ! わたしは真っ白な机を叩いた。

「二度もっ! 二度もわたしからかいちゃんを取り上げようとしたんだっ!」
「落ち着いて。……二度、ですか?」
「そうだよっ! 一度目は離婚した時っ! 泣いて泣いて、可哀想な可哀想なかいちゃんを、タクシーまで引きずった! 二度目は、わたしの妊娠を知って、事もあろうか先生に堕ろさせようとしたっ! 許せない! あの女だけは許せないっ!」
「荒浜さん。……荒浜さん?」
「なによっ!」

 赤メガネのカウンセラーさんは、静かにわたしを呼ぶ。

「どうか、落ち着いて。……落ち着いて」
「ふーっ、ふーっ」

 ……

「大丈夫ですか」
「……ごめんなさい。ちょっと、頭に血が登っちゃった」

 ふう。カウンセラーさんはため息をついた。

「では、カウンセリングを続けます。……あなたは今、どこにいますか」
「わからない。……わからないの。その時はね、かいちゃんとふたりきりになれたと、そう思って喜んでいたけれど」

 わたしは下を向いた。

「実際は……わたしの意識をつなぎ止めていた家族が居なくなってしまって、わたしは──お腹のかいちゃんを除いては──ひとりぼっちになってしまった」
「本当にひとりぼっちだったのですか」
「……ううん。この時はまだ、他にもいた。わたしを知る、何人かが」
「それは、誰でしょう」
「まずは、白鷺さん。白鷺……みそらさん。わたしのことを誰よりも、そして最後まで知ってる子だった」
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