わたしの大切なおとうと
 かおりさんに辛うじて勝てたわたしも、成人男性には、手も足も出なかった。
 こうせいさんは、わたしを思いっきり殴り飛ばした。わたしはテーブルに頭を強く打って、意識が飛びかけた。

 ……きーん……

 そして、信じられないことに。もう動かなくなった奥さんの横で。自分の二歳の息子の前で。わたしの学生服のスカートをたくしあげて、下着をずらして、のしかかった。
 わたしの顔を繰り返し繰り返し、何度も何度も殴りながら、欲望の限りを吐き出し続けた。おかげでわたしの顔はアザだらけになったけれど、もう泣き声もあげなくなった小さなかいちゃんが一部始終をじいっと見守ってくれていてくれていたから、耐えられた。
 最後にわたしのお腹を思いっきり殴った。

「があっ……ごほっ、ごほっ」
「はっ、はっ、こんなに殴られても濡れるのかよ。相変わらずの変態女だな……おい、片付けるぞ」

 やっとわたしから出ていった彼が、何か言った。わたしには理解出来なかった。

「……ごほっごほっ……なん……て? はぁ、はぁ」
「死体だよ、お前が殺した、かおりだよ」

 ……

 一月二十日。月曜日。午後十一時十五分。わたし、十七歳。
 わたしとこうせいさんは、塩谷家のマツダのSUVの荷台に冷たくなったかおりさんを乗せ、かいちゃんをチャイルドシート、わたしを助手席に乗せ、くるまを発進させた。

 今日からお前も共犯者だ。
 一生俺のそばにいろ。

 なんどもなんども、わたしにそう言い続けた。どうやら、はじめからわたしの身体狙いだったみたい。でも、わたしに要るのは、かいちゃんだけ。……あなたじゃない。
 だから機会を伺った。

 ……

 深夜の八王子の──たぶん八王子で合ってるはず──山奥まで進んで、切り立った道の脇の崖の傍で止めた。古いバス停が置いてある。辛うじて、「茜坂……病院前」と読める。でもバス停も、病院も、使われなくなって久しいようだ。

 ここにいろ、そう言ってくるまを降りて崖下を覗いている。
 ……かおりさんを捨てる気なのね。わたしは運転席を見る。キーは付いたままだ。くるまの発進の仕方は、お父さんやおばさんの運転を見て、覚えている。
 免許がなくったって。わたしにだって。できる。
 素早く運転席に滑り込み、キーを回した。

「おい、何してる!」

 そう叫ぶのと同時に、ギアをドライブに入れてサイドブレーキを外してアクセルを思いっきり踏み込んだ。
 くるまはロケットみたいにすすんで、こうせいさんを跳ねとばして、そして。

 谷底に落ちた。
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