わたしの大切なおとうと
「……思い出せるといいですね?」

 白鷺みそらさんの言葉が何度も何度も蘇る。

 がつん。がつん。

 わたしは、殴られている。こうせいさんにのしかかられ、犯されながら、顔面を。
 何度も。何度も。
 殴られる度、ある景色が頭に何度も再生される。
 何度も。何度も。
 これは……四つの時の記憶だ。
 なんで、四つの時の記憶が? なんでだろう。

 教えて、白鷺みそらさん……教えてよ。

 ……

 平成二十三年五月十五日。日曜日。午後二時十一分。わたし、四歳。かいちゃん、三歳。
 家族みんなで山梨のキャンプに来た。もともとアウトドアとは縁が遠かった荒浜家だけど、去年マンションの自治会で公園でのバーベキューに参加してから、アウトドアの魅力が我が家にも浸透し始めた。去年は一度バーベキューを隣の加藤さんと成功させて、そして今シーズン、初めてキャンプに挑戦することになった。家族四人に、ゆきひこ叔父さんも飛び入り参加した。空は五月晴れ、絶好のキャンプ日和で、新緑のキャンプ場は駐車場に渋滞が出来るほどの混雑だった。
 お父さんのくるまは、運よく駐車場のすみに滑り込む事が出来た。わたしは初めてのキャンプで大はしゃぎだったけど、お父さんもお母さんも、私のことを見ていない。
 朝からかいちゃんの具合が悪く、せっかく買ったばかりの新車の自動車の中で吐いたからだ。
 それでも、具合の悪いおとうとにはお母さんがついて、お父さんがテントを立てた。私の好きな黄色で、可愛いテント。ホームセンターでわたしが一目惚れして、お父さんに頼み込んで買ってもらったのだ。やっと立ったテントだけど、その中でかいちゃんがまた吐いた。今度はお父さんもついて、二人ともわたしを見なくなってしまった。
 だからわたしは、河原で、石を投げて遊んでたけど、それでも一向に大好きなバーベキューも始まらない。暇だったから、どんどん黄色いテントから離れていった。黄色だから目立つから、大丈夫だと思っていた。

「なぎさー? あんまり遠くへ行っちゃだめよー」

 お母さんが遠くのテントの中で呼んでいる。
 でも、渓流の音にかき消されて、わたしの耳にはほとんど届いていない。
 わたしは歩く。ずんずん歩く。
 普段来ない、山の中の渓谷。空気も美味しいし、川のお水もとてもきれい。きらん。あ、魚だ!
 わたしは川に突き出した岩の上に乗った。ピンクのくまのワンピース。ちょうどサイズアウトしていて、かなり丈が短くなっていた。でも、そんなの気にしない。わたしはきらきらと背中を光らせる小魚に夢中になっていた。
 その時。

「やあ、お嬢ちゃん……ひとり?」

 知らないお兄さんが、声をかけてきた。
 なんだろう……なにしてるのかな。カメラ? みたいなのを持っている。

「あっちにお兄さんのお友達がいるからさ、いっしょに遊ぼう?」

 わたしは、お兄さんの差し出した手に右手を預けて岩から飛び降りた。

 ……

「思い出しましたか、先輩」

 また、白鷺みそらさんの声が、頭の中で響いた。
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