わたしの大切なおとうと
 平成二十四年九月三日。月曜日。午後二時十一分。わたし、五歳。かいちゃん、四歳。

「うわあっ」

 どっどっどっ。
 心臓が早鐘のようにアバラの中で響く。
 またあの夢だ。あのワゴン車で、あのお兄さん達に酷いことをされる。そして、窓の外にいるかいちゃんに、決して声は届かない。

『おねえちゃんだもんな。守れるよな? おとうとのこと』

 その声がした後、わたしの目の前で、かいちゃんが酷いことされる。全身血まみれのかいちゃんが、たすけてたすけてと泣き叫ぶ。
 もう、何度目だろう。夜寝た時も、お昼寝の時も。毎回毎回この夢を見て飛び起きる。
 ずきん。
 あの赤いメガネのお医者さんに縫ってもらった下腹部が、すごく痛む。

 あれ。

 かいちゃんと、わたしと、いっしょに寝てたはずのお母さんが居ない。

「あ……あ……」

 なんか、へんな声がする……? どこからだろう。お母さんはどこ?
 わたしは、お父さんとお母さんの寝ているお部屋の戸をそっと開けた。

 ……

「何見てんのよ」

 目の前で、裸んぼのお母さんとゆきひこ叔父さんがベッドの上にいる。寝そべった叔父さんの上で、裸のお母さんが座ってる。

「なにしてるの」

 お母さんは()()()()()()()()()()()()()、わたしに言った。

「私の子だからね、あんたも、すぐわかるわ……こうするのよっ」
「ううっ、ようこさんっ……もうっ……」

 びくん。わたしは身体を強ばらせた。

「はあ、はあ……ふふ、いいこと教えてあげるよ。あんたもね、欲しいものがあったら、こうやって盗るのよ。あんたみたいな汚れちゃった女はね、こうやって生きるしかないのよ」
「ははは、ようこさん、悪女だねえ」

 そうか……そうか。
 わたしは、ようやく理解した。
 わたしの生き方を。

 わたしは要らない子。
 わたしは汚れた子。

 わたしみたいに汚れた子は。
 お母さんみたいにして、ああやって、生きるのだ。
 身体の全部を使って。

 ゆきひこ叔父さんが笑う。お母さんも笑ってる。

 そのひと月後だった。お母さんがかいちゃんを連れて出ていってしまったのは。

 ……

 それから、わたしは生きた。
 おとうとを守るため、生きた。
 おとうとに一ミリも傷を付けないようにするため何でもした。出来ることの全てをやった。
 そうやって生きた。

 そうやって、生きてきた。

 ……その結果、おとうとは死んだ。それでも、生きた。生きようとした。

 ……

 そして令和七年一月二十日。月曜日。午後十時七分。わたし、十七歳。
 かおりさんを殺したあと。わたしの上にのしかかって殴りながら、こうせいさんが、言った。

「おねえちゃんだもんな。守れるよな? 今夜のこと」
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