わたしの大切なおとうと
令和七年一月二十一日。火曜日。午前零時三十五分。わたし、十七歳。

「そこにいろ。変な気は起こすなよ?」

 古ぼけたバス停の置かれた、深夜の山道。
 崖の手前で、こうせいさんはマツダのSUVを停めて、わたしと、かいちゃんと、かおりさんの死体を乗せたくるまから、こうせいさんは降りた。

 ……

 わたしの頭の中で、あの日からの十三年が蘇った。

 あの、地獄のようだった体験。
 要らない子のおまえなんて、産みたくなかった。そう言ったお母さんの言葉。
 毎日毎日、悪夢にうなされる日々。
 ゆきひこ叔父さんと浮気していたお母さんの放った言葉。
 かいちゃんの初恋の人が言った、「おとこおんな」の言葉。
 うち……もうだめかもしんない。わたしのスマホに遺ったかいちゃんの最期の言葉。
 校舎の二階から飛び降りて自殺未遂騒ぎを起こしたこと。
 お腹に宿った新しいかいちゃん。
 車に潰されて死んだわたしのかいちゃん。

 ……全部。全部。全部。全部。全部。ぜんぶ。ぜんぶ……っ!

「全部あんたのせいだぁ──っ!」

 わたしは、叫びながら思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 ばんっ。

 くるまは、わたしの悪夢の全部の元凶を、跳ねた。

 ……

「思い出しましたか、先輩」
「うん、思い出した。全部、思い出した」
「それは、よかった。私が存在していた理由も、ようやく報われました」
「あなたは、わたしに、全部を思い出させるために、わたしの前に現れたのね」
「ええ。先輩は、忘れっぽいから……さて、もう時間です」
「時間?」
「先輩は、自分の全部を思い出しました。私の役割は終わり」
「そう。じゃあ、もうわたしも終わるのね」
「そうですね。今まで、お疲れ様でした」
「わたしね……」
「……なんでしょう」
「わたし……」
「……」
「ううん、なんでもない」
「大丈夫ですよ」
「え?」
「大丈夫です。先輩はここで終わりですが、かいりは……かいと君は助かります」
「そうなの?」
「ええ。助かります」
「そう……よかった……」
「そうですね。よかった。……先輩」
「なあに?」
「私、先輩が好きでしたよ」
「……」
「たとえ世界中の全ての人間が先輩を嫌いでも」
「……」
「私は先輩が好きでした。とても」
「……ありがとう」

 ……

 わたしの悪夢の全部の元を跳ねたくるまは、ふわりと宙に浮かんだ。
 お月様が見てる。目の前には多摩ニュータウンの、寝静まった明かりが、きらきら、お星様みたいに光ってる。
 まるで、宇宙を進む、船みたいだった。

 わたしは今まででいちばん、充実した思いだった。
 近い言葉を挙げるなら、そう。

 ……生きている、だった。

「あはは、かいちゃん、見て、お姉ちゃんたち、お空を飛んでるよ」

 あはははは。
 あはははは。

 そのまま天まで、飛んでいけそうだった。

【完】
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